2019年1月27日、大阪在住の佐藤博紀さん(以下ヒロさん)が上京し、IMACの基礎編(EROM)の講座を田園調布の田園調布アスレチックプラスで開催するということで、1日セミナーに参加してきた。
IMACに参加するのは、今回で5回目。昨年の11月に内臓編を受講して以来だった(「内臓と筋肉〜筋肉の働きが内臓にどう影響するのか?」参照)。
最初にIMACと出会ったのは、ロルフィングを始めた直後だった。解剖学を理解するためにヒロさんの考え方を知りたいと考えたからだ。
のちに時期尚早だったことがわかったのだが、現状の自分を知る上で役立った。
というのも、IMACでは、解剖学のみならず、MAT(Muscle Activation Techniques)、筋テスト等の考えが紹介されていて内容は素晴らしいもの。ただし残念なことに、その頃の私は、セッションの経験が浅く、知識を吸収するにしてもキャパがなかったので、
「どのように目の前のお客さんに役立たせるか?」
実践に生かすことができなかった。
そのため、イントロ、上肢と下肢編(「IMAC(1)〜イントロ編」、「IMAC(2)〜上肢編」、「IMAC(3)〜下肢編」参照)を受けた後、しばらくはロルフィングの基礎トレーニングで学んだ手技を身に付けることに専念するため、その後の受講を断念していた。
セッションを提供して3年半。
だんだんと自分のセッションの課題が見えてきた。
ポイントとなるのは検証すること。
「うまくいっていない場合、どのように改善したらいいのか?」
何度かうまくいってないことを体感。そのためには身体で感じたことを左脳で考え、言葉にするのが大切。その上で検証して再現できるよう準備する。その方向でセッションに臨むようになった。
そうはいうものの、
「ロルフィングだと感覚をどう言葉にするのか?」
まで基礎トレーニングでは、学ぶことができない。
そこで、セッションの変化を言葉で追うために、解剖学(身体の位置はどこにあり、どのような働きをしているのか)や生理学の知識が必要であることに昨年の後半、改めて気づいた。
「解剖学をただ単に暗記するのではなく、どう応用させるのか?」
「セッションがうまく行くための検証用ツールとして解剖学をどう使うのか?」
そのようなセミナーを探し始めた時に改めてIMACを再発見。
タイミングよく内臓編が大阪で開催、昨年、2年半ぶりに参加することになった。大きかったのは、ソースポイントセラピーのModule 3が中止されたこと。結果、受講費をIMACに回すことができたからだ。
前回の内臓編で気付いたのは、コースの内容も一新され、今のタイミングだったら参加しても、頭に入ってくるだろうと感じたことだ。
だからこそ翌年に開催されるIMACへ参加し、基礎から一歩ずつ学ぼうと決断。今回EROMへと繋がった。
受講した感想は、本当に期待通りの内容だった。
仰向けの姿勢になったときに、どのような可動域の取り方があるのか?関節周りを中心に関わっている筋肉の関係が図で示されているので、どの筋肉を覚えたらいいのか、変化がフォローしやすい。そして筋肉と内臓との関係、筋肉と呼吸、神経系との関係。身体のバランスはどのように見ていったらいいのか?等。全体的なつながりの中で、検証方法はいくつかあること、等、気づくことが多かった。
このようなワークショップは、通常、教科書的なことを学ぶことが多い。面白いのは、ヒロさんは臨床経験に即して、現場で得られた感覚を言語化しているところ。なかなかこういったワークショップは少ないので、素晴らしい。全てを理解したわけではないが、原理原則を教わったので、自分で探求できるのがいい。
実際、1日ワークショップだったにも関わらず、家に戻ってきて、早速実践してみると効果が出ているので、これからが楽しみだ。
今年は、よっぽどのことがない限り、統合編まで全てのコースを受講する予定なので、IMACを通じて、一人でも多くの方が健康な毎日を過ごせるように役立てればと考えている。
2026年9月の注記
この回の本文は、二つの言語化について書いている。
ひとつは自分の側。身体で感じたことを左脳で考え、言葉にする。その上で検証して、再現できるよう準備する。ロルフィングだと感覚をどう言葉にするのか、そこまでは基礎トレーニングでは学べない、とも書いている。
もうひとつは渡す側。このようなワークショップは通常、教科書的なことを学ぶことが多い。面白いのは、ヒロさんが臨床経験に即して、現場で得られた感覚を言語化しているところだ、と。
同じ回に、受け取る側の言語化と、渡す側の言語化が並んでいる。
そして、本文は「原理原則を教わったので、自分で探求できるのがいい」と続く。手順ではなく原理を渡された、ということだと思う。手順は覚えるしかないが、原理は自分で先へ進める。
言語化できる人から学ぶことの大きさは、その後も繰り返し感じている。
イノチグラスの灰谷孝さんは、目の見え方と姿勢の関係を言語化した。乱視が身体のねじれを誘発し、そのねじれが噛み合わせのずれや骨盤の回旋に及ぶ。外眼筋が働くとき、首の後ろの後頭下筋が連動する。目を動かしすぎれば首が凝り、首をうまく使えれば目もうまく使える。見えるようでいて、当人には説明のつかない領域だ。それを見たものを受け取る力、目のチームワーク、注意を向ける力、表現する力の四つに分けて、遊びという具体まで落としている。
Pedro Prado は、心理生物学的な側面を言語化している。ブラジルの系譜がこの領域を担ってきたのだが、Prado の言葉で印象に残っているのは、この分類が難しいために、施術者が臆病で懐疑的なほうへ振れるか、無批判で大げさなほうへ振れるかしやすい、という指摘だった。これまでは問いから隠れるか、極端に緩い言い方をするかだった、とも言っている。
そのうえで、どんなに懐疑的なロルファーも、内心では語れる出来事と観察を持っている、と続けた。答えは上から降ってこない、と。ブラジル協会は2,000症例のデータバンクを蓄積している。
語りにくい領域について、なぜ語られないのかまで言語化している。そして、語るための材料を集める仕組みまで作っている。
三人とも、当人にしか分からないはずのものを、他人に渡せる形にしている。ヒロさんは臨床の感覚を原理として。灰谷さんは目の見え方を四つの働きとして。Prado は語りにくさそのものを問題の形として。
この回で「検証すること」が主題になっているのは、その手前に言語化があるからだと思う。言葉にならないものは、検証できない。うまくいかなかったときに何を変えればいいのかも分からない。
六年後、アドバンスト・トレーニングで Test、Intervene、Re-test という枠組みを受け取ることになる。何かをする前に確かめ、してから確かめ直す。名前を知る前に、その手前にあるものをここで受け取っていた。


