はじめに
こんにちは。渋谷・恵比寿でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。
今回取り上げたいのは、「ロルフィングとはどのような手法か?」「身体から心にどのように働きかけるのか?」という問い。それを深めるために5回連載シリーズで提供していく。

テーマは、「愛着(Attachment)」と「神経系(Autonomic Nervous System)」、そして「身体感覚(Felt Sense)」の関係だ。 ロルフィングは身体構造へのアプローチでありながら、深い心理的な安心・安全の再構築にもつながっていく。
そこで、愛着理論を念頭に、ユージン・ジェンドリン(Eugene Gentlin)のフェルトセンスと、スティーブン・ポージェス(Stephen Porges)のポリヴェーガル理論を取り上げる。
愛着とは、身体が感じている「安全」の記憶である
愛着理論(attachment theory)とは、乳幼児期の養育者(caregiver)との間の情緒的な結びつき(愛着、attachment)が、その後の人格形成や人間関係に大きな影響を与えるという理論。心理学者のジョン・ボウルビィ(John Bowlby)によって提唱され、幼少期の愛着体験が、後の人生における他者との信頼関係や感情のコントロールに影響を与えると考える。
愛着には、以下の4つのパターンが知られている。
- 🟢 安定型(Secure Attachment):他者との関係において安心感を感じ、信頼しながら自立もできるスタイル。養育者から一貫した応答を得て育った場合に多く見られます。
- 🔵 回避型(Avoidant Attachment):感情の共有や親密さを避ける傾向があり、必要なときに援助を求めることが難しい。無視や過干渉などによって、自己防衛的なパターンが形成される。
- 🟠 不安型(Anxious/Ambivalent Attachment):常に他者の承認や愛情を求め、不安が強く、見捨てられることへの恐れが強い。応答の一貫性が乏しい関係性で育つことに起因する。
- 🔴 混乱型(Disorganized Attachment):接近したいが恐怖を感じるなど、矛盾した行動パターンが見られる。虐待や深刻なトラウマ体験と関係する場合がある。
愛着とは、乳児期に形成される他人との関係性のパターンであり、 「私はこの世界で大丈夫なのか?」という問いに対する身体(自律神経系)の反応とつながっていると考えてもいい。

Diane Poole Hellerの言葉を拝借すると、
“Our brain and nervous system are not isolated, but interconnected and social. At our core, we are social beings who regulate through connection with others.”
― Diane Poole Heller, The Power of Attachment
「私たちの脳と神経系は、孤立したものではなく、相互につながり合い、社会的な存在です。私たちの本質は、人と人とのつながりによって自己を調整する“社会的な存在”なのです。」
ボウルビィは、愛着を「生存のための戦略」と定義した。 子どもが困った時、養育者が一貫した対応をすると、「世界は安全で信頼できる場所だ」と感じるようになる。
しかし、もしその絆が不安定だったり、断絶されたりすると、 「つながること=危険」という身体的学習が起こり、それが神経系に根づいてしまう。
ポリヴェーガル理論:愛着は神経系の「安心回路」
ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)は、スティーブン・ポージェス博士が提唱した、自律神経系の働きに関する理論。以下の3つの自律神経があると想定。Vagal Nerve(迷走神経)が複数(poly)=2つ(腹側(ventral)と背側(dorsal))あるため、ポリヴェーガルと呼ばれている。
- ✅ 腹側迷走神経(ventral vagal):つながり・共感・遊び・創造性など、社会的な安全感を司る
- ⚡ 交感神経(sympathetic):戦う/逃げる(fight or flight)の興奮状態
- ❄️ 背側迷走神経(dorsal vagal):フリーズ・シャットダウン・麻痺などの反応
スティーブン・ポージェスはこのように述べています:
“If our nervous system detects safety, then it’s no longer defensive. When it’s no longer defensive, then the circuits of the autonomic nervous system support health, growth, and restoration.”
― Stephen W. Porges, The Pocket Guide to the Polyvagal Theory: The Transformative Power of Feeling Safe
「もし私たちの神経系が“安全”を察知すると、防御的な状態ではなくなります。防御的でなくなったとき、自律神経系の回路は、健康・成長・回復を支えるように働き始めるのです。」
人と安心してつながれるとき、ventral vagal(腹側迷走神経)が活性化する。 呼吸は深く、声は穏やかで、視線は柔らかくなる。
逆に、愛着が傷ついているとき、神経系は以下のように反応します:
- 過覚醒(交感神経)
- シャットダウン(背側迷走神経)
このように、他者との関係が「危険」と感じられるようになる。
フェルトセンス:身体が知っている「まだ言葉にならない意味」
ユージン・ジェンドリンが提唱したフェルトセンス(felt sense)は、 言語化されていないが、意味をもって身体に存在している感覚。
“A felt sense is not a mental experience but a physical one. Physical. A bodily awareness of a situation or person or event. ”
― Eugene Gendlin, Focusing
「フェルトセンスは、単なる思考や感情ではなく、状況や人物、出来事に対して身体が全体として感じ取っている、漠然としたが確かな“身体感覚”です。」
フェルトセンスは、「モヤっとする」「なんか引っかかる」などとして現れます。 それは、状況全体が身体の中でまとめられて感じられているような感覚と言える。つまり、愛着の記憶もまたフェルトセンスとして身体に宿っている。 私たちは頭ではなく、身体で「安全」「不安」を知っているのだ。
ロルフィングができること:安心の再体験と神経系の再調整
ロルフィングは、単なる身体の構造を調整をするだけではない。 安全なタッチと中立的なプレゼンスによって、 クライアントの神経系に「ここは安全だ」というメッセージを伝えることができる。
- 🌬️ 呼吸が深まる → 腹側迷走神経が活性化する
- 🧭 姿勢や視線の変化 → 神経系の再マッピング
- 🫱 タッチを通じた「つながりの再体験」
- 👂 フェルトセンスに耳を傾ける → 身体との信頼関係が育まれる
過去の出来事を言葉で掘り下げるのではなく、“今ここ”での身体の感覚に寄り添うこと。 それが、ロルフィングによる愛着再構築の第一歩となる。
なぜ、このテーマを扱うのか?
私は2015年からロルフィングを提供してきたが、「関係性の深い層」にアクセスするセッションが多い。 背景にあるのが、愛着、トラウマ、自律神経、身体感覚の相互作用のように考えるからだ。
この連載では、こうした深い層を扱う理論や実践を紹介しながら、 ロルフィングがいかにして「つながりの回復」に貢献できるのかを明らかにしていきたいと考えている。
次回予告
【第2回】「トラウマと愛着〜自律神経が示す身体の知恵」
次回は、ロルファーのPeter Levineが開発したSomatic Experiencing(SE)の考え方から、 「トラウマと愛着の断絶」について掘り下げていく。
トラウマは記憶ではなく、未完了の身体反応である。 その意味を、ロルフィングの視点とともに、神経系のレベルで見ていく。
どうぞお楽しみに。