【R#364】愛着は身体に刻まれる(第1回)〜全5回・愛着理論との接点

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

ロルフィングは、姿勢や構造といった身体の“かたち”に働きかける手法であるが、その変化は単に物理的な領域にとどまらず、関係性の質、すなわち「他者とどうつながるか」「自分とどう向き合うか」にも深く関係している。

現場でのセッションを重ねるなかで実感しているのは、身体に刻まれた“つながりの記憶”が、呼吸、筋緊張、姿勢、そして感情反応に影響しているという事実である。その記憶の中核にあるのが、「愛着(Attachment)」である。

愛着は、幼少期の体験だけに閉じた概念ではない。それは、神経系の状態を通して現在もなお“今ここ”の身体に現れ続けているパターンであり、ロルフィングがアクセスしうる対象でもある。

こうした背景から、本稿では、ロルフィングにとって重要な理論的支柱である以下の三つを軸に考察を深めていく。

  • 愛着理論(Attachment Theory)
  • ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)
  • フェルトセンス(Felt Sense)

このテーマは一度で語りきれるものではないため、全5回の連載として段階的に展開していく予定である。今回はその第1回として、「愛着とは何か?」「それが身体にどう記憶されているのか?」を掘り下げていく。

愛着とは、身体が感じている「安全」の記憶である

Attachment Theory は、心理学者ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)によって提唱された理論であり、乳幼児期の養育者との情緒的な結びつきが、その後の人格形成や対人関係、感情調整に大きな影響を及ぼすとする。

愛着には、次の4つのスタイルが知られている。

🟢 安定型(Secure Attachment):信頼と自立が両立している。養育者が一貫した応答をした場合に形成される。

🔵 回避型(Avoidant Attachment):感情表現や親密さを避けやすい。無視や過干渉が背景にある。

🟠 不安型(Anxious/Ambivalent Attachment):愛情への強い渇望と不安が共存する。応答の不一致が形成要因となる。

🔴 混乱型(Disorganized Attachment):接近と回避が矛盾して出現する。虐待や深刻なトラウマ体験に起因する。

愛着とは、単に心理的な枠組みではなく、「私はこの世界で安全に存在していてよいのか?」という問いに対する神経系の応答パターンそのものである。

Diane Poole Heller は、著書『The Power of Attachment』の中で次のように述べている。

“Our brain and nervous system are not isolated, but interconnected and social. At our core, we are social beings who regulate through connection with others.”
― Diane Poole Heller

「私たちの脳と神経系は、孤立したものではなく、相互につながり合い、社会的な存在である。私たちの本質は、人とのつながりを通じて自己を調整する“社会的な存在”である。」

また、スティーブン・コヴィーは『7つの習慣』において、「依存なくして自立なし(There is no independence without interdependence)」と語っている。これは、安全な依存の経験こそが、成熟した自立の土台になるという真理を示している。

ロルフィングのセッションは、構造を整えるだけでなく、安全なタッチと中立的なプレゼンスを通じて、この“安心の記憶”に身体レベルで働きかける機会となる。

ポリヴェーガル理論:愛着は神経系の「安心回路」

ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)は、スティーブン・ポージェス博士が提唱した、自律神経系の働きに関する理論。以下の3つの自律神経があると想定。Vagal Nerve(迷走神経)が複数(poly)=2つ(腹側(ventral)と背側(dorsal))あるため、ポリヴェーガルと呼ばれている。

  • ✅ 腹側迷走神経(ventral vagal):つながり・共感・遊び・創造性など、社会的な安全感を司る
  • ⚡ 交感神経(sympathetic):戦う/逃げる(fight or flight)の興奮状態
  • ❄️ 背側迷走神経(dorsal vagal):フリーズ・シャットダウン・麻痺などの反応

スティーブン・ポージェスはこのように述べています:

“If our nervous system detects safety, then it’s no longer defensive. When it’s no longer defensive, then the circuits of the autonomic nervous system support health, growth, and restoration.”
― Stephen W. Porges, The Pocket Guide to the Polyvagal Theory: The Transformative Power of Feeling Safe
「もし私たちの神経系が“安全”を察知すると、防御的な状態ではなくなります。防御的でなくなったとき、自律神経系の回路は、健康・成長・回復を支えるように働き始めるのです。」

人と安心してつながれるとき、ventral vagal(腹側迷走神経)が活性化する。 呼吸は深く、声は穏やかで、視線は柔らかくなる。

逆に、愛着が傷ついているとき、神経系は以下のように反応します:

  • 過覚醒(交感神経)
  • シャットダウン(背側迷走神経)

このように、他者との関係が「危険」と感じられるようになる。

フェルトセンス:身体が知っている「まだ言葉にならない意味」

ユージン・ジェンドリンが提唱したフェルトセンス(felt sense)は、 言語化されていないが、意味をもって身体に存在している感覚。

“A felt sense is not a mental experience but a physical one. Physical. A bodily awareness of a situation or person or event. ”
― Eugene Gendlin, Focusing
「フェルトセンスは、単なる思考や感情ではなく、状況や人物、出来事に対して身体が全体として感じ取っている、漠然としたが確かな“身体感覚”です。」

フェルトセンスは、「モヤっとする」「なんか引っかかる」などとして現れます。 それは、状況全体が身体の中でまとめられて感じられているような感覚と言える。つまり、愛着の記憶もまたフェルトセンスとして身体に宿っている。 私たちは頭ではなく、身体で「安全」「不安」を知っているのだ。

ロルフィングができること:安心の再体験と神経系の再調整

ロルフィングは、単なる身体の構造を調整をするだけではない。 安全なタッチと中立的なプレゼンスによって、 クライアントの神経系に「ここは安全だ」というメッセージを伝えることができる。

  • 🌬️ 呼吸が深まる → 腹側迷走神経が活性化する
  • 🧭 姿勢や視線の変化 → 神経系の再マッピング
  • 🫱 タッチを通じた「つながりの再体験」
  • 👂 フェルトセンスに耳を傾ける → 身体との信頼関係が育まれる

過去の出来事を言葉で掘り下げるのではなく、“今ここ”での身体の感覚に寄り添うこと。 それが、ロルフィングによる愛着再構築の第一歩となる。

なぜ、このテーマを扱うのか?

私は2015年からロルフィングを提供してきたが、「関係性の深い層」にアクセスするセッションが多い。 背景にあるのが、愛着、トラウマ、自律神経、身体感覚の相互作用のように考えるからだ。

この連載では、こうした深い層を扱う理論や実践を紹介しながら、 ロルフィングがいかにして「つながりの回復」に貢献できるのかを明らかにしていきたいと考えている。

次回予告

【第2回】「トラウマと愛着〜自律神経が示す身体の知恵」

次回は、ロルファーのPeter Levineが開発したSomatic Experiencing(SE)の考え方から、 「トラウマと愛着の断絶」について掘り下げていく。

トラウマは記憶ではなく、未完了の身体反応である。 その意味を、ロルフィングの視点とともに、神経系のレベルで見ていく。

どうぞお楽しみに。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka