なぜヨガは「身体を整える」のか──筋膜・呼吸・坐法・瞑想の科学シリーズ(全4回)|第1回

はじめに
私がアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガ(以下、アシュタンガ)に出会ったのは2006年。呼吸と動作を連動させながら決まった順番でポーズを行うこのヨガは、自主練習が基本で、ポーズは生徒の準備に応じて与えられるという特徴を持つ。
20年以上にわたりアシュタンガを実践し、インストラクターとしても活動してきた中で、私は次第に「ヨガだけでは届かない身体の層がある」と感じるようになった。それを埋めてくれたのが、2013年に出会ったロルフィングだった。
このシリーズでは、ヨガとロルフィングがどのように補い合うのかを、身体・呼吸・坐法・瞑想という4つの視点から探っていく。
ヨガの本来の目的は「坐ること」だった
現代のヨガは「ポーズ(アーサナ)」が中心のように見える。しかし伝統的なヨガの体系──パタンジャリの「ヨーガ・スートラ」に記された8支則(アシュタンガ)では、アーサナは8つのステップのうちの1つにすぎない。
そもそも「アーサナ」とはサンスクリット語で「坐る場所・坐り方」を意味する。語根「アス(ās)」は「坐る・留まる」という動詞だ。つまりアーサナの本来の意味は「ポーズ」ではなく「坐法」そのものだ。ヨーガ・スートラにはアーサナについてこう記されている——「スティラ・スッカム・アーサナム(Sthira Sukham Asanam)」。安定していて(Sthira)、快適で(Sukham)あること——これがアーサナに求められるすべてだ。
ポーズを練習するのは、最終的に「ディヤーナ(瞑想)」の状態に入るために身体を整えるためだ。20分間静かに坐り続けるとき、身体が安定していなければ意識は身体の不快感に引き戻され続ける。アーサナの実践は、その「安定した坐法」を身体に宿すための準備体操だ——これがヨガのアーサナが本来持っていた意味だ。
この視点から見ると、「坐法」は単なるポーズではなく、身体と意識の統合の到達点だ。坐法には蓮華座・半蓮華座・安楽座など様々な形があるが、すべてに共通するのは「骨盤が立ち、背骨が自然なカーブを保ち、力を抜いても崩れない坐り方」が求められることだ。
そしてここに、ヨガとロルフィングが出会う最初の接点がある。
しゃがむ・坐るという問い
坐法の土台は「骨盤が立つ」ことだ。しかし現代人の多くは、床に坐ろうとすると骨盤が後傾し、腰が丸まり、長時間維持できない。これは椅子文化・デスクワーク・スマートフォンの習慣が、骨盤を後傾させる筋膜パターンを固定させてきた結果だ。
「しゃがむ」という動作は、この問いを照らし出す。人類学者ゴードン・ヒューズが分類した300余りの坐法の中で、しゃがみ坐りは最も自然で筋骨格系への負担が少ない姿勢の一つとされる。しゃがめる身体は骨盤・股関節・足首の筋膜が協調して働いており、坐法の土台として理想的だ。
アシュタンガの実践者が長年練習しても「坐法が安定しない」と感じるとき、それはポーズの問題ではなく、骨盤と筋膜のパターンの問題であることが多い。
→ しゃがむと座るは何が違うのか──椅子文化が身体に与えた影響
アシュタンガから見えてきたこと
私がアシュタンガを始めた2006年当時、師であるタリック・ターミ(Tarik Thami)のもとでマイソール形式の練習を続けた。毎朝6時から始まる自主練習に通い続けた約12年間は、身体と呼吸と意識の関係を探り続ける日々だった。
アシュタンガの特徴の一つが「ウジャイ呼吸(Ujjayi Pranayama)」だ。喉の奥を細め、波の音のような呼吸をしながら動作を続ける。この呼吸は横隔膜と体幹の深層筋を協調させ、Tonic Muscle(深層の抗重力筋)を活性化させる働きがある。アシュタンガを長年続けると、呼吸と動作が統合され、「動かされている」ではなく「動いている」という感覚が生まれる。
しかし20年を超えた頃、気づきが生まれた。アシュタンガのプライマリーシリーズは、前屈・後屈という矢状面(前後の動き)が中心の動きで構成されている。水平面(回旋)や前額面(左右の動き)の要素は相対的に少ない。長年この偏った動きのパターンを繰り返すと、筋膜にその偏りが刻まれていく。「呼吸と動作は繋がっている。でも筋膜のパターンが変わらない限り、同じ制限が繰り返される」——これがロルフィングを探し始めたきっかけだ。
→ ヨガの練習とロルフィング〜より練習を深める手段として
→ マイソール東京がクローズへ〜タリックとの12年間
ヨガだけでは届かない層
ヨガは素晴らしい実践体系だ。しかし20年実践して確信したことがある。ヨガのアーサナは「今ある筋膜のパターンの中で動く」練習だ。ポーズを繰り返すことで柔軟性は上がり、筋力もつく。しかし筋膜に刻まれた「過去の姿勢パターン・感情パターン・怪我の記憶」そのものを書き換えるには、別のアプローチが必要だ。
ロルフィングはその「別のアプローチ」だった。10回のセッションで筋膜に直接働きかけると、骨格が重力の軸に乗り直し、Tonic Muscleが本来の働きを取り戻す。その結果として、ヨガのポーズの質が根本的に変わった。「やろうとする」のではなく「自然にそうなる」ポーズが増えた。坐法が安定した。そして呼吸が深くなった。
身体が整うと、瞑想が変わる
ヨガの最終的な到達点が瞑想だとすれば、身体が整うことは瞑想の質に直結する。
瞑想中に「腰が痛くなる」「背中が丸まる」「集中が切れる」という体験は、筋膜の緊張パターンが意識の集中を妨げているサインだ。Tonic Muscleが正しく働き、骨格が重力の軸に乗った状態では、20分間坐り続けることに身体的なエネルギーをほとんど使わなくて済む。
瞑想は「認識のOSを更新するデバイス」だと私は考えている。しかしそのデバイスが最大限に機能するためには、デバイスを置く「台(身体)」が整っていることが前提になる。ヨガとロルフィングは、その台を整える実践だ。
→ ヨガと瞑想〜ヨガの練習の中にどのように瞑想を取り入れるのか?
このシリーズで探ること
全4回のシリーズを通じて、ヨガとロルフィングの接点を4つの視点から探る。
第2回では、ボディスキーマ・ボディイメージ・現象学の視点から、「なぜヨガを続けても変わらない感覚があるのか」を解き明かす。
第3回では、アシュタンガのウジャイ呼吸とTonic Functionの関係から、「呼吸と構造のダイナミクス」を探る。
第4回では、「スペース(空間)」という身体感覚の視点から、坐法を深める鍵を探る。
ヨガとロルフィングの接点シリーズ(全4回)
第1回:なぜヨガを続けても「届かない層」があるのか──アシュタンガ20年・ロルフィングとの出会い(この記事)
第2回:なぜヨガを続けても「身体の感覚」が変わらないのか──ボディスキーマ・ボディイメージ・現象学から読み解く
→ 第2回を読む
第3回:なぜウジャイ呼吸は「身体の奥」に届くのか──Tonic Functionと呼吸法から見る構造のダイナミクス
→ 第3回を読む
第4回:なぜ「スペース」を感じると坐法が変わるのか──瞑想に向かう身体感覚の再発見
→ 第4回を読む
ヨガの歴史・背景を深く知りたい方へ
アシュタンガを含む現代ヨガは、19〜20世紀のインドで起きた大きな変容の産物だ。
現代ヨガの礎を築いたのはT・クリシュナマチャリア(1888〜1989)だ。インドのナショナリズムが高まる時代に、伝統的なヨガの知識と欧米の体操・体育思想を融合させ、現代に続くアーサナ中心のヨガを体系化した人物だ。パタビ・ジョイス(アシュタンガの祖)もB.K.S.アイアンガー(アイアンガーヨガの祖)も、クリシュナマチャリアの弟子だ。
つまり現代人が「ヨガ」として知っているものの多くは、100年足らずの歴史しか持たない。アーサナが「瞑想の準備体操」から「フィットネス・エクササイズ」へと移行していったプロセスを知ることは、ヨガの実践を深める上で重要な視点になる。
ヨガを20年続けてきた中で感じるのは、歴史を知ることで「何のためにこの動きをしているのか」という問いが鮮明になるということだ。単にポーズをこなすのではなく、身体と意識と呼吸の統合という本来の目的に戻ることができる。
→ 近代ヨガの歴史①〜クリシュナマチャリア〜ヨガは一人一人に合わせて練習方法を組み立てること
→ 近代ヨガの歴史②〜欧米エクササイズとヨガの融合〜インドのナショナリズムから生まれた
→ ヨガを日々に取り入れてから10年〜ヨガの実践を通じて何が変わったのか
→ ヨガの練習とロルフィング〜より練習を深める手段として
ヨガの動きの質をさらに深めたい方には、ロルフ・ムーブメントが入口になる。ボディスキーマの書き換え・Pre-movement・言語化というアプローチは、ヨガの「気づき」の実践と直接つながっている。
→ ロルフ・ムーブメントとは何か──動きの質を探究するボディワーク
まず体験セッションで、あなたの身体とヨガの実践の接点を確認することから始められます。
大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファーTM/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー
東京大学大学院医学研究科博士課程修了。製薬業界を経て、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。2006年よりアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを実践・指導。「思考・感情・身体の統合」をテーマに活動。
