『ヨガの実践、その先へ』──2つのアプローチで深める「気づき」のプロセス〜Part 1:クリパル・ヨガ・ティーチャー・三浦敏郎さんとの出会い

はじめに

2026年8月16日、久しぶりに三浦敏郎さん、通称「としさん」のヨガのワークショップに参加した。今回、としさんと最初に出会ったのは2011年。もう15年前になる。

ワークショップのタイトルは、

『ヨガの実践、その先へ』──“2つのアプローチ”で深める「気づき」のプロセス

で、Teachers(ティーチャーズ)主催で都内の公共施設で行われた。

「ヨガの実践、その先へ」という言葉は、今振り返ってみると、私自身がこの15年以上、ヨガを通じて探求してきたテーマそのものだったようにも思う。

今回は、当日のワークショップの内容を紹介する前に、私がどのようにヨガを始め、なぜアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガ(Ashtanga Vinyasa Yoga、以下、アシュタンガ)以外の方法を探すようになり、その過程でとしさんと出会ったのかを書いてみたい。

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2008年──アシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガとの出会い

私が本格的にヨガの練習に取り組み始めたのが、2008年4月である。

当時のヨガの先生は、Tarik Thami(タリック・ターミ)だった。

タリックが主宰するアシュタンガのMysore Class(マイソール東京)に通い始め、社会人として仕事を続けながら、週5日のペースで練習するようになった。残念ながら、2020年7月にマイソール東京はクローズしてしまった。

アシュタンガには、決められた一連のポーズを、呼吸と動きを連動させながら繰り返していくという特徴がある。同じシークエンスを繰り返すからこそ、昨日できなかったことが今日はできるようになったり、反対に昨日は楽だった動きが今日は重く感じられたりする。身体を一つの「定点」として、自分の変化を観察できる。

当時の私にとって、この方法は非常に魅力的だった。しかも、タリックは自主性を重んじ、練習を楽しむことを何よりも大切にし、ヨガのポーズのAlignment(どの形が正しいのか?間違いなのか?を見るという視点)については、それほどうるさくなく、自由に練習することができた。

継続的に練習できたのは、「素の自分になれること」が大きい。タリックの器の広さを感じ、なんでもOKと受け入れてくれる感じが良かった。しかも、話しやすい雰囲気も作ってくれた。

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「この方法だけでいいのだろうか?」

ところが、数年間練習を続けるうちに、少しずつ疑問も生まれてきた。

一つは身体的な問題である。

アシュタンガのプライマリーシリーズを身体運動として見ると、前屈・後屈という矢状面、つまり前後方向の動きが非常に多い。一方、水平面の回旋や、前額面における左右方向の動きは相対的に少ない。

もちろん、それ自体が悪いわけではない。

しかし、同じ動作パターンを長期間、しかも高い頻度で繰り返していけば、身体はそのパターンに適応していく。後に、ロルフィングや筋膜について学ぶようになってから、この問題を私は「筋膜に動きの偏りが刻まれていく」という視点から考えるようになった。

これが、後にロルフィングをはじめとするボディワークへ関心を広げていく一つのきっかけにもなった。もう一つ、より大きかったのが、ヨガそのものの歴史を知るようになったことだった。

「流派」ではなく「その人」を見る

2011年頃から、アシュタンガ以外のヨガにも関心を持つようになった。

その後、2013年5月25日にUnder the Light Yoga School(以下UTL)でLeslie Kaminoff(レスリー・カミノフ)氏のトレーニングに参加したことなどをきっかけに、近代ヨガの歴史を本格的に調べるようになる。

出会ったのが、現代ヨガの父とも呼ばれるTirumalai Krishnamacharya(クリシュナマチャリア)の考え方だった。

カミノフの先生であり、彼の息子のT.K.V. Desikachar(T.K.V.デシカチャー)は、『The Heart of Yoga』の中で、父親の教えの本質を次のように表現している。

The essence of my father’s teachings is this: it is not that the person needs to accommodate him- or herself to yoga, but rather the yoga practice must be tailored to fit each person.

意訳すれば、

「人間がヨガに自分を合わせるのではなく、ヨガの練習のほうを、その人に合わせなければならない」

ということである。

これは、私にとって大きな発見だった。

パタビー・ジョイス(Sri Pattabi Jois)、B.K.S.アイアンガー(B.K.S. Iyengar)、T.K.V.デシカチャーは、いずれもクリシュナマチャリアから学んでいる。

にもかかわらず、そこから生まれたヨガはまったく違う。

  • 若い男性の身体能力を引き出すようなダイナミックな練習(アシュタンガ)
  • 身体のアライメントを精密に見ていく方法(アイアンガー・ヨガ)
  • 病気や個々の状態に合わせて組み立てられるヨガ・セラピー(ヨガ・セラピー)

だとすれば、「どの流派が正しいのか」と問うこと自体が、少し違うのではないか。

重要なのは、目の前にいる一人の人にとって、今、どのような実践が必要なのかということなのではないか。

そう考えるようになった。

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Under the Light Yoga Schoolへ

そこで、アシュタンガ以外の方法も体系的に学んでみたいと思い、UTLでRYT200のティーチャー・トレーニングを受けることにした(2013年1月にRYT200に認定される)。

そこには、アシュタンガの練習仲間の近藤真由美さん、理学療法士の中村尚人さん、クリパル・ヨガの合津静さん、アイアンガー・ヨガの奥野恵子さんと西岡ゆきさん、アシュタンガの楠原宏子さんとKranti、 シヴァナンダ・ヨガのヒカルさん、ヨガ哲学の成瀬貴良さんなど、それぞれ異なる背景を持つ先生方がいた。

一つの「ヨガ」を習うというより、

ヨガを見るための複数の視点(流派)を学ぶ。

そんな時間だったように思う。

その中でも、私にとって印象的だったものの一つが、クリパル・ヨガのアプローチだった。

2011年5月──三浦敏郎さんとの最初の出会い

2011年5月、アシュタンガの練習仲間から紹介され、下北沢(当時)で三浦敏郎さんが主宰する『クリパル・ジャパン・クリパルヨガ&ヨガセラピー』で提供していた「フェニックス・ライジング・ヨガ・セラピー」の3日間集中コースに参加した。

これが、としさんとの最初の出会いだった。

当時の私は、その体験をブログに、「コーチングとヨガが一緒になると」というタイトルで書いている。なぜなら、その方法が、私には「身体を使ったコーチング」のように感じられたからだ。

プラクティショナーのサポートを受けながらヨガのポーズに入り、自分にとっての「エッジ(Edge)」に近づいていく。ここでのEdgeとは、無理をして限界を超えることではなく、「もう少し先へ行けそうだが、同時に何かが起き始めている」と感じる身体的・心理的な境界のことである。

そこで、「何が起きていますか?」と問いかけられる。

答えを先生が教えてくれるわけではない。

身体に起きていることを感じ、その感覚に言葉を与えながら、自分自身で気づいていく。

当時すでにCTIのコーチングを学んでいた私には、この考え方に強い共通性を感じた。

コーチングには、

「クライアントはもともと完全な存在であり、自分で答えを見つける力を持っている」

という前提がある。

ヨガセラピーにも、それとよく似た思想があった。

ただし、入り口が違う。

  • コーチングでは、主に「言葉」から入っていく。
  • 一方、ヨガセラピーでは「身体感覚」から入っていく。

言葉から気づくのか。
身体から気づくのか。

2011年の私は、この二つのアプローチの違いに非常に興味を持った。

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瞑想と呼吸の大切さ
コーチングとヨガが一緒になると〜フェニックス・ライジング・ヨガセラピーのワークショップに参加して

そして15年後

それから15年。

その間、私はヨガだけではなく、ロルフィング、ロルフ・ムーブメント、コーチング、瞑想など、身体と心に関わるさまざまな方法を学んできた。

だからこそ、2026年8月16日に再びとしさんのワークショップに参加してみたいと思った。

今回のテーマは、

「気づき」

である。

15年前、私は「身体から気づくこと」と「言葉から気づくこと」の違いに興味を持っていた。

ところが今回、としさんのワークショップに参加してみると、もう一つの問いが見えてきた。

それは、

「そもそも、人が気づくことのできる『場』は、どのようにして生まれるのか?」

という問いである。

先生が参加者に何かを教える。

決められたプログラムを順番に進める。

そうした一般的なワークショップとは少し違っていた。

参加している人たちによって、その日のプログラムそのものが形づくられていく。

ファシリテーターは進行する。

しかし、場をコントロールしすぎない。

その中で、人と人との間に何が起きるのかを見ていく。

15年前に感じた「身体からの気づき」は、今回、「関係性の中から生まれる気づき」へと広がっているように感じた。

次回は、実際、2026年8月16日に行われた『ヨガの実践、その先へ』の内容を振り返りながら、

どのようにして、気づきが生まれる場をつくるのか?

について考えてみたい。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka