2016年4月3日(日)。午前7時00分羽田空港発、午前8時10分伊丹空港着のANA便で大阪へ。今年の3月26日(土)以来1週間ぶりのTEN〜the space for your Life & Body。
2016年4月3日(日)。午前7時00分羽田空港発、午前8時10分伊丹空港着のANA便で大阪へ。今年の3月26日(土)以来1週間ぶりのTEN〜the space for your Life & Body。
受講するトレーニングの名前はIMAC(Integrative Movement Assessment Courses(統合的動作評価コース))で今回で3回目になる。イントロ、上肢、下肢、脊柱、体幹・統合編からなり、イントロは2015年12月(「IMAC(1)〜イントロ編」参照)、上肢編は先月(2016年3月26日、27日)(「IMAC(2)〜上肢編」参照)にそれぞれ受講した。
ロルフィング・セッションで感覚的に行っていたことがどのようにして解剖学に落とし込めることができるのか?ロルフィングの10回セッションを如何に効率良く進めていったらいいのか?という観点からIMACが発達していったと言われているが、自分が何を持ち帰ったらいいのか?を学ぶ上で貴重な機会となる。

イントロ編では、IMACの概念・その意味を理解するのに苦しんだ。理論的な説明が中心な上、私自身、ロルファーになってから日が浅いためか、これらの理論が腑に落ちる形で頭に入ってこなかったからだ。それは先月の上肢編で書いた「IMAC(2)〜上肢編」、「筋膜リリース」という言葉で書いたことにも表れている。

上肢編が終わった頃に、TEN主宰のロルファー佐藤博紀さん(以下ヒロさん)がそのことを察したのか、ブログで「硬いところを緩める、リリースする」という考えに対して、違和感を感じるという記事をシェアした(「IMAC上肢編」参照)。
ヒロさんの本記事を引用すると、
ロルフィングは、体を緩めるために行うのではなく、正しい位置、バランスを取り戻すことで、結果的に体が緩みます。MATは、可動域の制限があるところから、神経系のフィードバックが欠如していないところにアプローチすることで動きが改善され、結果的に周りの緊張していた組織が緩みます。その二つのセオリーがベースになっているIMACでも、硬く制限があるところは、体の中でフィードバックがない部分、体の正しい部位からズレることによる機能障害が原因で起きていると考えます。つまり、脳もしくは体が「なんかそこは動かしたくないんだよなぁ」もしくは「あそこ真っ暗で何が起こってるか分からないんだよねぇ」といった所を探し、そこがどういう状況になっているか把握し、そこに必要な情報を体に提供してあげているのです。そうすると、不思議なことにシステムレベル(体全体で)変化が起こるんです。
緩めるという意識の何が問題かというと、それが初めに来てしまうと、硬い所を探して、やみくもに緩めようとするからです。
- 神経的フィードバックがない部分=体の中で脳が認識していない部分=動かせない部分」を全身の中から探していくプロセスがIMAC
こういった背景もあり、下肢編では、Robert Schleip の提唱している筋膜のセオリー(アプローチ)を紹介することからスタート。
私自身、このセオリーをイントロで聞いたのだが、今回下肢編で伺い、その後の実技(密度の濃い、下肢に関わる様々な筋肉群・筋膜へのアプローチ)を学ぶについて、「筋膜リリース」という単純な言葉で理解するのではなく、筋膜へのアプローチという言葉で理解することの大切さがわかったように思う。
下肢編は、上肢編に比べると動きがシンプルなため、分かりやすい。上肢編同様、筋膜へのアプローチを通じて、IMACの下肢編が始まる前と後で著しく変化していった。

ヒロさんが言うようにIMACは下肢編を受けてから上肢編を受けた方が飛躍的に理解が進むというような印象。素晴らしいのは下肢編と上肢編を組み合わせると、ロルフィングのセッションが飛躍的に向上できることは確信できる点。ソースポイントセラピーで何が起こっているのか?についても変化を観察できるようになるかもしれないと思うと、これからのセッションが楽しみだ。
ここ2週間で久々にロルフィング関連の研修を修めた。今後ともソースポイントとIMACをロルフィング・セッションに織り交ぜることで、一人でも多くの人たちに役立てればと考えている。
2026年9月の注記
この回で一番効いたのは、教室で起きたことではなかった。
上肢編が終わったあと、ヒロさんがブログに記事を書いた。「硬いところを緩める、リリースする」という考え方への違和感。こちらが「筋膜リリース」という言葉で書いたのを読んで、そのことを察したのだろうと本文に書いている。
名指しはされていない。教室でも言われていない。別の場所に書かれたものが、こちらに届いた。
前の回の注記に、ヒロさんは自分の考えを押し付ける人ではなかった、こちらの持っているものを認めたうえで教えてくれる、と書いた。その具体的な形がここにある。生徒が言葉を取り違えていることに気づいて、教室でも本人にでもなく、自分のブログに書く。読むかどうかは相手に委ねられている。
渡されたのは、順番が逆だという指摘だった。硬いところを探して緩めにいくのではない。情報が届いていない場所を探して、そこに情報を渡す。緩むのは結果のほうだ。
その裏づけとして、下肢編は Robert Schleip の筋膜のセオリーの紹介から始まっている。イントロでも聞いていたので、二度目だった。
そのとき受け取れたのは、言葉の置き換えまでだった。「筋膜リリース」ではなく「筋膜へのアプローチ」と呼ぶ。本文にもそう書いてある。何をどう置き換えたのかという中身は、まだ埋まっていない。
10年後、Schleip の2003年の論文を主題にした記事を書いた。筋膜に埋め込まれた4つの感覚受容器。ゴルジ、パチニ、ルフィニ、間質。それぞれが違う触れ方に応え、違う応答を返す。そして、一般に筋膜リリースと呼ばれる遅く持続的な手技の多くは、ルフィニと間質の受容器に働きかけているのだと書いた。
硬い組織を物理的に引き伸ばしているのではなく、感じて応えて自己調整する神経系と対話している。そう書いた。2016年にヒロさんが臨床の言葉で書いていたことと、同じことを言っている。
渡されていたものに、10年かけて自分で行き着いたことになる。
置き換えとして受け取っておいて損はなかったのだと思う。言葉だけ先に持っていたから、中身が来たときに、それがどこに入るのかが分かった。


