第3回:脚は、肋骨の下から始まっている──腸腰筋と対角の連動

第1回では足を、第2回では下腿と骨盤を見た。視点を一段ずつ上げてきたことになる。第3回では、そこからさらに上へ行く。脚を前へ運んでいる筋肉は、骨盤よりも上から来ているからだ。

歩くことは、倒れることでもある

その前に、歩くという動作そのものを見ておきたい。

歩くとき、身体の重心(じゅうしん)は「逆さまの振り子」のように動く。重心とは、身体全体の重さが集まっている一点のことで、おおよそ骨盤の中ほどにある。

振り子は、支点が上にあって重りが下で揺れる。歩行はその逆になる。支点は床に着いている足で、重りにあたる身体が、その上を弧を描いて越えていく。一歩ごとに、身体は山なりの軌跡を通っている。振り子は、上がったものが下りるときにエネルギーを返す。歩行も同じで、重心が上がりきったところから前へ倒れる。その落下が、次の一歩の推進力になる。

つまり歩くとは、前へ倒れ続けながら、倒れきる前に足を出すことだ。

走るときは仕組みが違う。両足が同時に地面を離れる瞬間があり、アキレス腱が伸びてエネルギーを蓄え、その反動で身体を押し出す。アキレス腱は、ふくらはぎの筋肉が踵の骨に付くところにある太い腱だ。バネの力学になる。

歩くことは、遅い走りではない。まったく別の運動だ。そして、倒れることを推進力にしている以上、身体の中心が前へ移動できなければ歩けない。足が動くだけでは、歩行にならない。

脚は、どこから始まっているのか

歩くとき、脚はどこから始まっていると感じているだろうか。多くの人は、股関節から下を脚だと思っている。ズボンのベルトから下、という感覚だ。

ところが、脚を前へ運んでいる筋肉は、そこから始まっていない。腰椎(ようつい)の前面、つまり肋骨のすぐ下から始まっている。腰椎は背骨のうち腰にあたる5個の骨で、その前面というのは、お腹の側の面になる。背中側から触れる出っ張りの、反対側だ。

その筋肉が腸腰筋(ちょうようきん)だ。

上半身と下半身をつなぐ唯一の筋肉

腸腰筋は、大腰筋(だいようきん)腸骨筋(ちょうこつきん)、それに小腰筋(しょうようきん)を加えた総称になる。

大腰筋は、腰椎の前面と側面から始まる。背骨の前側だ。そこから骨盤の中を斜めに通り抜けて、大腿骨(だいたいこつ)の小転子(しょうてんし)に付く。大腿骨は太腿の骨で、小転子はその内側の付け根にある小さな突起だ。

腸骨筋は、骨盤の内側の面から始まって、同じ小転子に合流する。骨盤の内側は、浅い器のような曲面になっている。その面に貼り付くように広がっていて、下で大腰筋と一本にまとまる。

背骨から始まって脚に付く。これができる筋肉は、身体の中でほとんどこれしかない。上半身と下半身を直接つないでいる唯一の筋肉だと言われるのは、そのためだ。

上半身と下半身は、骨としては仙骨と骨盤で連結している。だが、脚を前へ運ぶ働きを背骨から直接受け取っている道は、この一本になる。

そして走り方が独特だ。背骨から下へ垂直に降りたあと、骨盤を斜めに横切って、大腿骨へ向かう。垂直と斜めが組み合わさっている。

Rolfingコラムに書いたことだが、この形は建物のアーチに似ている。上からの重さと、下からの支えが、斜めの部材で受け渡されている。第1回で足のアーチを見たが、身体の中心にも同じ構造がある。

歩き方が変わるとき、感覚も変わる

腸腰筋が使えるようになると、歩き方が変わる。

そして、脚がどこから始まっているかという感覚も変わる。ベルトから下を脚だと思って歩いていた状態から、肋骨の下から脚が2本ぶら下がっている状態へ。歩くときに動かしている場所が、上へ移動する。

この変化が起きると、背骨も伸びる。脚を股関節から振り出そうとすると、骨盤を固定しなければならない。振り出す力の反作用が骨盤を後ろへ押すので、そこを押さえておかないと身体が持っていかれるからだ。固定するために腰まわりが働く。ところが腸腰筋から脚を運べるようになると、骨盤は固定されずに動ける。腰の仕事が減り、背骨が伸びる余地ができる。

結果として、腰痛や肩こりが軽くなる方向へ進むことが多い。

座ることが、歩行を縮める

腸腰筋が働きにくくなる理由は、いくつかある。いちばん大きいのは、座る時間の長さだ。

椅子に座っている姿勢は、股関節が曲がったまま固定される姿勢だ。腸腰筋は縮んだ位置に置かれ続ける。一日の大半をその形で過ごせば、その長さが身体の初期設定になる。

短くなった腸腰筋は、股関節を伸ばす動きを制限する。股関節を伸ばすとは、太腿が身体より後ろへ送られることをいう。歩行では、後ろ側の脚がこの動きで床を蹴る。ここが制限されると、蹴り出しが浅くなる。

後ろへ送れない分は、前で稼ぐことになる。前の足を遠くへ置いて歩幅を作ろうとすると、着地が身体から離れ、そこで身体を止める向きの力が生まれる。進むために出した足が、進みを止める側に回る。

そして骨盤が回りにくくなる。すると歩幅が縮む。推進力が落ちるので、その分を膝や腰が肩代わりすることになる。

もう一つ、腹筋との関係がある。

体幹を鍛えることが広く勧められ、見た目のために腹直筋(ふくちょくきん)を鍛える人も多い。腹直筋は、肋骨の下から恥骨まで縦に走る、いわゆる腹筋の割れ目が見える筋肉だ。ただ、これが大腰筋を働きにくくすることがある。

お腹の中は、外から順に、腹直筋、内臓、大腰筋という層になっている。いちばん外の層が硬く締まると、その内側にある内臓が動くための空間を失う。内臓が動きにくくなると、さらに内側にある大腰筋が圧迫される。そして大腰筋が働きにくい身体になっていく。

大腰筋が弱ると、歩きと走りに影響が出る。腿が上がりにくくなり、つまずきや転倒が起きやすくなる。

骨盤が4〜5度回る

腸腰筋が働くと、骨盤が動けるようになる。

歩行中、骨盤は一歩ごとに左右へ4〜5度回旋している。回旋(かいせん)は、第2回で足首と下腿について見たのと同じ動きで、ここでは骨盤が身体の縦の軸のまわりに回ることを指す。数字だけ見ると小さいが、これが歩幅を生んでいる。

角度が小さくても、離れた場所では距離になる。ドアが少しだけ開くとき、蝶番のあたりはほとんど動かないのに、ドアの端は大きく動く。骨盤の回旋も同じで、回転の中心から遠い足の先では、その角度が歩幅に変わる。

仕組みはこうだ。右足を前に出すとき、骨盤の右側も一緒に前へ回る。骨盤が回った分だけ、足が届く距離が伸びる。脚の長さは変わらないのに、歩幅が広がることになる。

逆に骨盤が固まっていると、脚の長さぶんしか歩けない。歩幅が縮み、同じ距離を歩くのに歩数が増える。

そして骨盤の回旋は、上へも伝わる。

腕は、バランスを取るために振っているのではない

右足が前に出るとき、左腕が前に出る。

これを、バランスを取るための動きだと説明されることがある。それも間違いではないが、もっと積極的な役割がある。

骨盤が右へ回ると、その回旋は背骨を通って上へ伝わる。ところが上半身がそのまま一緒に回ってしまうと、身体全体が右を向いてしまう。そこで肩帯(けんたい)が逆方向へ回る。肩帯は、左右の鎖骨と肩甲骨が作る輪のことで、胴体の上に載っているだけで、肋骨に骨でがっちり留められてはいない。肩に掛けた襟のような形で、胴体とは独立に向きを変えられる。この逆回旋が、腕の振りとして現れる。

そして、骨盤と肩帯が逆方向に回るということは、そのあいだにある胴体が捻れるということだ。捻れた組織は、戻ろうとする。

ゴムを巻いて飛ばす模型飛行機と同じだ。巻いているあいだは力が溜まり、放せばその力で回る。歩いているとき、胴体は一歩ごとに巻かれては戻されている。

その戻る力が、次の一歩の推進力になる。

腕の振りは、余ったエネルギーを逃がしているのではない。次の一歩のためにエネルギーを蓄えて、引き継いでいる。

だから腕を振らずに歩くと、疲れる。捻れが作られないので、一歩ごとに新しく力を出さなければならない。

対角の差は、使ってきた痕跡

歩行が対角でできているということは、対角のラインに差があると、歩行にそのまま出るということでもある。

対角のラインとは、右足と左手、左足と右手というつながりのことだ。歩くとき、この2組が交互に主役を務めている。

仰向けで手足の協調を見ると、左足から右手へのラインは力が入りやすく緊張しやすいのに、右足から左手へのラインは力が入りにくい、といったことが起きる。左右のどちらが弱いという話ではなく、対角のラインごとに質が違う。

この差を、歪みとして扱わない。使ってきた証だからだ。

利き手、仕事で繰り返す動作、長く続けてきた練習。どれも身体に方向を与える。

私の場合は、10年近く続けたアシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガが、右手を強く左手を弱く使うという形で残っていた。ヨガのアーサナは左右を均等に行うよう組まれている。それでも非対称は残る。均等に配置された動きを、非対称な身体が受け取るからだ。

歩行の観察でも、この差は見える。腕の振りが左右で違う。片側だけ肩が先に回る。片側の歩幅が短い。差をなくすことが目的ではない。対角の連なりが通っていれば、差があっても全体は協調できる。

衝撃はどこへ行くのか

第1回で、着地の衝撃をアーチが受け止めると書いた。ただ、アーチだけで処理しているわけではない。

足が床に触れるたびに生じる衝撃は、土踏まず、膝、股関節、脊椎(せきつい)の順に分散されていく。脊椎は背骨全体を指す言葉だ。

そして脊椎のS字カーブが、最後の緩衝装置になる。頸椎(けいつい)、胸椎(きょうつい)、腰椎、仙骨(せんこつ)が作る前後のカーブが、衝撃を波として受け流す。頸椎は首、胸椎は肋骨が付いている背中、腰椎は腰、仙骨は骨盤の後ろ側にある逆三角形の骨になる。この4つが、前へ後ろへと交互に反っている。

まっすぐな棒なら、下から来た衝撃はそのまま頭まで届く。カーブがあることで、伝わる途中で減っていく。弓がしなって力を受け流すのと同じで、曲がっていることが仕事になっている。

第1回で、足のアーチは背骨の二次湾曲(にじわんきょく)と同じ仕組みで作られると書いた。二次湾曲は、生まれたあとに、頭を持ち上げ、身体を起こし、歩きはじめる過程で作られていく前向きのカーブのことだ。歩行では、足のアーチと背骨のカーブが同じ仕事をしていることになる。足元で衝撃を受け、背骨で受け流す。

頭が前に出ていると、この分散が働きにくくなる。カーブの上に頭が乗っていないので、衝撃の通り道から外れてしまう。首が単独で頭を支えることになり、そこに負担が集中する。

丹田という位置

腸腰筋は、身体の重心の近くにある。

東洋の身体観でいう丹田、ヨガでいうバンダのあたりだ。バンダは、身体の内側を締めて力の通り道を作る、ヨガの用いる方法を指している。腰椎の前面から骨盤を通って大腿骨へ向かう線は、ちょうど身体の中心を通っている。

腸腰筋が使えているということは、身体の中心が感じられているということでもある。逆に、丹田を意識しようとしても掴めないとき、腸腰筋が働いていない可能性がある。

歩行に引きつけると、こうなる。重心が感じられていないと、倒れることを推進力にできない。前へ倒れる感覚が怖いので、足を先に出して支えを作る。歩幅が縮み、上半身が置いていかれる。

逆に中心が感じられていれば、安心して前へ倒れられる。倒れながら、次の足が出る。

ロルフィングの5回目とのつながり

10回シリーズの5回目で、腸腰筋を扱う。

ただし、直接触れることはできない。身体の深いところにあるからだ。周辺の筋肉と筋膜(きんまく)を緩め、腸腰筋が動くための空間を作る。筋膜は、筋肉や内臓をそれぞれ包み、隣どうしを隔てながらつないでいる膜になる。それだけで、腸腰筋は自ずと動きはじめる。

セッションで見ているのは、腸腰筋が緩んだかどうかではない。骨盤底(こつばんてい)から上がってきた支えが、腸腰筋を通って背骨の前側へ抜けているかどうかだ。骨盤底は、骨盤の下の口を塞いでいる筋肉の層で、ハンモックのように前後左右に張られている。

そして5回目は、呼吸と歩行が深い層で出会う回でもある。呼吸するたびに動く横隔膜(おうかくまく)と、歩くたびに働く腸腰筋。この2つは、どちらも背骨の前側に付いていて、互いにつながっている。歩いているあいだ、呼吸と脚は同じ場所を共有していることになる。

  • 5回目:内臓と腸腰筋を整える──背骨の前側

次回へ

第3回では、足から下腿、骨盤を経て、腸腰筋まで上がってきた。歩行が全身の動作であることは、これで見えたと思う。足が床を押し、骨盤が回り、胴体が捻れ、腕が振られる。

ただ、まだ扱っていないものがある。重力だ。

歩くことが倒れることだとすれば、その倒れる先を決めているのは重力になる。そして倒れながら立っていられるのは、重力の中で身体を支える仕組みが働いているからだ。

第4回では、重力から歩行を読む。第1回で予告した眼・足・内耳の三角形も、そこで扱う。

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この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka