SPT Module 1(4)〜最終日

2015年10月10日から12日までの3日間、Source Point Therapy(ソースポイントセラピー、以下SPT)のトレーニングのため大阪に滞在した。トレーニングも最終日を迎えた。初日と2日目の模様は別に書いた(「「人間として形付けられるために必要な元となる情報」=「ブループリント」を知ること」「知識よりも感覚をどう使うのか?〜ブループリントへのアクセス」参照)。

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新しい手技として、Entry Point を学んだ。クライアントと個人的なつながりを持つためのアプローチで、SPTの施術の効率を上げるためのものだという。興味深いのは、ここではブループリントにつながるという意識よりも、個人的なつながりを意識することが大事になる点だ。2日目に学んだスキャンの一番最初に行う。

ブループリントを意識しない手法は靈氣と混同する可能性があると感じていたが、意外と問題なくできたように思う。SPTは基本的にエネルギーを流すものではない、ということを学んだからだ。事実、靈氣であれば頭頂から足まで自動的にエネルギーが流れているのを実感できるが、SPTではそれを感じない。

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Entry Point とスキャンは、いずれも全身へアプローチする。違いは、Entry Point を決めるときには手指を使うのに対し、スキャンでは掌を使うことだ。これは実感していただかないと分かりにくいところがある。手指で Entry Point を探っていると、強く痺れを感じる箇所が見つかる。掌でスキャンを探っていると、どこか密度の濃いところが見つかっていく。おそらく経験を積み重ねることで分かってくるものだと思うので、これからの気づきに期待したい。

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最後は参加者同士による交換セッションが行われた。一人40分のセッションを、Diamond Point、Entry Point、スキャンとプライマリー・ブロッケージ、そして Diamond Point という順番で行っていき、場合によっては Rectangle Point や Navel Point、Sacrum Point を入れながら進める。

自分の内部に起きている感覚を思いきり信じることの大切さは、ロルフィングで学んでいた。チネイザンのトレーニングで一度なくしたその自信を、取り戻すための重要な瞬間だった。

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今後トレーニングは Module 2、Module 3 と続く。ヒロさんによると、ブループリントで得られた情報を、より肉体へどう具現化していくのか。その手技の数を増やすことで深化させていくのが、今後の Module になるという。

印象的だったのは、ロルフィングが肉体の変化を追うトレーニングだとすると、SPTは思考パターンを追うことで思考の中のスペースが広がり、頭が楽になる、という説明だった。非常に不思議に思ったのは、SPTのトレーニングが終わって疲労感がまったくないどころか、元気になっていることだ。今までのトレーニングとは違う。

考えなくても相手の身体が勝手に変わっていくこと。そして、ブループリントにどれだけ意識を向けるのかという指標があること。これは大きい。ロルフィングでいえば10回シリーズのレシピに相当する。セッション中に見失っても安心材料があるのは助かる。

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他のボディワークへの応用も満載だ。ヨガのポーズをとっているときにスキャンとプライマリー・ブロッケージを行うと、アーサナがより深まる。今回は主にテーブルの上で仰向けの姿勢を扱ったが、座位でも立位でも可能だという。応用範囲が広いため、施術がどう変化していくのかが楽しみだ。

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参加者15人のうち、13人が次回の Module 2 への参加を決めている。次の Module で何を学ぶのか。今から楽しみにしていたい。

2026年8月の注記

この記事の終わり近くに、ヒロさんの説明が一行だけ記録されている。ロルフィングが肉体の変化を追うトレーニングだとすると、SPTは思考パターンを追うことで思考の中のスペースが広がっていき、頭が楽になる、というものだ。

書いた本人が忘れていた。読み返して、いま初めて分かる。

スペースという語の行き先

この語は、その後も繰り返し現れる。ただし、指しているものが毎回違う。

一つ目は、前年のトレーニングでのことだ。Phase II の最終面談で Giovanni から受けたフィードバックに、自分やクライアントにスペースを与えることでセッションを行いやすくなる、という一文があった。ここでのスペースは、施術者が相手と自分に対して確保する余地である。

二つ目は、その Giovanni についての評だ。同じ Phase II の教師から学んだ鎌田孝美さんは、Giovanni を space を体現する人だと書いている。間、隙間、境界の取り方。セッション中にわざと入れる間。質問を質問で返して、その人に自分で探る間を与えること。ここでのスペースは、相手を引き出すために置く間合いである。

三つ目が、この記事だ。思考の中のスペースが広がる、という。施術を受ける側の頭の中の話で、身体の外でも、二人のあいだでもない。

四つ目は、10年後のアドバンスト・トレーニングにある。ニュートラルを養う3つのうちの一つが、背後の空間を感じることだった。そして Ray McCall の足裏のワークでは、足の裏に目があると仮定して開閉し、身体と空間の関係がどう変わるかを観察する。空間は何もない場所ではなく、質を持った場である、という理解に至った(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】〜認定までの道のり」参照)。ここでのスペースは、身体を取り巻く物理的な空間である。

Maitland の主著の題も Spacious Body という。日本語にすれば、余地のある身体、あたりだろうか。

余地、間合い、思考の中の空き、身体の外の空間。同じ語が4つの場所で使われていて、そのどれもが違うものを指している。それでいて、無関係ではない。どれも、詰まっているものに空きを作るという方向を向いている。

その日、疲れていなかったこと

この記事には、もう一つ書いてある。SPTのトレーニングが終わって疲労感がまったくないどころか、元気になっている。今までのトレーニングとは違う、と。

この直前の3か月で、17日間のトレーニングを一つ終えている。そちらでは、気を休めることなく緊張感をもって臨まざるを得ず、体調も良くなく、疲れも出た、と書いた。同じ年、同じ秋のことである。

思考の中のスペースが広がって頭が楽になる、という説明を、そのとき身をもって受け取っていたのだと思う。ただ、当時の私はそれを不思議だと書くにとどめている。


この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka