【R#424】筋膜には、免疫細胞が住んでいる ── ストレッチが炎症を鎮めうる、という研究

カテゴリ:「身体の科学|筋膜研究・エビデンス」

はじめに

過去のブログ記事で、筋膜の「感じている」顔と、「弾んでいる」顔を見てきた。神経と対話し、弾性を蓄え、動きに応じて作り変えられる組織 ── そうした姿である。

ここでは、もうひとつの顔、「生きている」ことの深さに、私の専門分野だった免疫学の視点から見ていきたい。筋膜は、ただ身体を包む膜ではない。そこには免疫の細胞が暮らし、炎症(inflammation)が起こり、そして(うまくいけば)収束していく場である。── 今回のブログ記事では、そのことと、「組織が伸ばされること」がその過程に関係する、という近年の研究を整理したい。

ここで言う「伸ばされる」とは、有酸素運動や筋力トレーニングといった意味での運動のことではない。研究が実際に加えているのは、筋膜という組織そのものを、穏やかに引き伸ばし、変形させる力学的な刺激 ── ストレッチである。組織が力学的に変形すること自体が、細胞のレベルで、炎症の収束に触れうるのではないか。そういう、限定的で、それゆえに興味深い。しかしながら、その多くがまだ動物実験に負っていることに注意することも大切だ。

筋膜には、免疫細胞も常在する

筋膜を作っているのは、コラーゲンの線維だけではない。そこには、いくつもの細胞が暮らしている(常在している)。

筋膜の常在細胞の中心にあるのは、線維芽細胞(fibroblast)だ。加えて、免疫にたずさわる細胞 ── マクロファージ(macrophage)とマスト細胞(mast cell、肥満細胞)── も含まれる。マクロファージは、壊れた細胞や異物を貪食し、炎症の口火を切り、また鎮める、両面の担い手だ。マスト細胞は、組織に常駐する免疫細胞で、ヒスタミンをはじめとする多くの炎症に関わる物質(メディエーター)を蓄え、必要に応じて放つ。

もうひとつ、近年提案されている細胞にも触れておきたい。

ファシアサイト(fasciacyte)である。Stecco らのグループが2018年に報告したもので、筋膜の層の表面に沿って並び、層どうしの滑りを支えるヒアルロン酸を作る細胞として記載された。ただし、これを独立した新しい細胞型と見なすかどうかは、まだ定まっていない。線維芽細胞に似た性質を多く持ち、その場所に適応した線維芽細胞の一表現型ではないか、という見方もありうる。細胞生物学の標準的な分類に組み込まれた概念ではない、という点は、あらかじめ断っておきたい。

そして、細胞のあいだを満たすゲル状の物質(基質、細胞外マトリックス、ECM)は、ヒアルロン酸(hyaluronan)やグリコサミノグリカン(GAG)と、大量の水からなる。この基質は、自らの重さの最大千倍もの水を引き寄せることができる。筋膜が、局所の急性炎症と浮腫(むくみ)の起こる「アリーナ(現場)」と呼ばれるのは、このためだ。免疫が働き、水がたまり、腫れが引いていく ── その舞台のひとつが、筋膜という組織なのである。

炎症とは何か ── 始まり、役目を果たし、終わる

炎症は、怪我(損傷)への応答として始まる。

組織が傷つくと、組織が傷つくと、そこから危険を知らせる分子 ── 壊れた細胞から漏れ出す、傷害関連分子パターン(damage-associated molecular patterns、DAMPs)── が放たれ、好中球(neutrophils)やマクロファージ、マスト細胞といった免疫細胞が、それを感知して炎症部位に集まってくる。炎症性のマクロファージ(M1と呼ばれる状態)が、壊れた組織を片づける。炎症の「始まり」だ。

大切なのは、健やかな炎症には「終わり」がある、ということだ。

近年の免疫学は、炎症の収束(resolution)が、ただ受け身に鎮まるのではなく、能動的に起こすことが明らかになってきた。指揮者が、レゾルビン(resolvin)に代表される「専門的な収束メディエーター(specialized pro-resolving mediators、SPM)」である。これらは、炎症を積極的に終わらせ、組織を修復へと向かわせる。マクロファージも、炎症性(M1)から修復性(M2)へと変化させ、TGF-βやIL-10といった分子が、炎症から組織の作り直し(リモデリング)へ促していく。

炎症は、悪ではない。傷を感知し、壊れたものを片づけ、修復へと引き渡して、退いていく ── 始まり、役目を果たし、そして終わる。この一連のプロセスを進ませることこそが、健やかな免疫のはたらきと言える。

収束しない炎症 ── 線維化という袋小路

ところが、この収束が、うまく運ばないことがある。

炎症が長びき、慢性化すると、修復のはずの過程が行き過ぎてしまう。ここで鍵になるのが、TGF-β(transforming growth factor-β)という分子だ。TGF-βは、線維芽細胞を、収縮性をもつ筋線維芽細胞(myofibroblast)へと変え、コラーゲンを次々と沈着させる。適度であれば、それは傷を閉じる修復にほかならない。だが、過剰に、活性化が継続すると、組織は硬く、こわばった状態 ── 線維化(fibrosis)── へと傾いていく。

ここに、臨床的に重要な区別がある。筋膜の「硬さ」には、水分の偏りによる、比較的もどりやすいもの(densification と呼ばれる状態に近い)と、線維化によって織り込まれてしまった、戻りにくいものとがある。同じ「硬い」でも、その中身は違う。そして、収束しきれない慢性の炎症は、後者 ── 戻りにくい線維化 ── へつながっていく。

伸ばすことが、炎症に働きかける ── Langevin の研究

では、この炎症と収束の過程に、「組織を伸ばすこと」は関われるのだろうか。この問いに正面から取り組んできたのが、Helene Langevin らの一連の研究だ。

背中に炎症を起こしたラットを、ストレッチする群としない群に分けた実験では、穏やかなストレッチが、結合組織の炎症をやわらげ、歩行や痛みの指標を改善した。さらに機序に踏み込んだ研究では、ストレッチが炎症の厚みと好中球の数を減らし、収束メディエーターであるレゾルビン RvD1 を、組織のなかで増やすことが示された。ストレッチが、炎症を「終わらせる」側へと、脂質メディエーターの傾きを動かしていた、というわけである。

線維化についても、組織を穏やかに引き伸ばすと、可溶性の TGF-β1 と、Ⅰ型プロコラーゲンが減ることが、取り出した組織(ex vivo)と生体(in vivo)の両方で観察された。TGF-β は、先に見たとおり線維化を駆動する分子だ。それが伸張によって抑えられうるのなら、組織を伸ばすことは、線維化という袋小路の手前で、ブレーキをかけているのかもしれない。実際、全身性強皮症(皮膚が線維化する疾患)のマウスモデルでは、ストレッチが皮膚の線維化をやわらげたと報告されている。

これらは、力学的な刺激が、細胞と分子のレベルで、炎症の収束と線維化の抑制に触れうる、という描像を描いている。

そして、がんという地平 ── ただし、慎重に

この延長線上に、驚くような研究がある。

Langevin らのグループは、マウスの乳がんモデルで、1日わずか10分・4週間の穏やかなストレッチが、腫瘍の体積を非ストレッチ群より約半分(52%小さく)にしたと報告した。ほかの治療はいっさい加えていない。腫瘍のまわりでは、炎症の低下と、免疫細胞の活性の高まりを示す徴候が見られたという。背景にあるのは、間質(ストロマ)の力学的な状態が、腫瘍をとりまく微小環境に影響しうる、という考え方だ。

慢性の炎症が腫瘍の育ちやすい土壌をつくるとすれば、それをやわらげる働きかけが、間接的に関与しうる ── そういう仮説である。

ここで、はっきりと立ち止まりたい。これは、マウスの、しかも実験モデルの話である。「ストレッチが、ましてやロルフィングが、がんを治す・予防する」ということでは、まったくない。ヒトでの臨床的な裏づけは、存在しない。この研究が示すのは、結合組織の力学と、炎症と、免疫とが、思いがけないところでつながっている、という研究の「地平」であって、それ以上でも以下でもない。

効能の話ではなく、見方の広がりの話として、ここに置く。この慎重さについては、次の「誠実な限界」でも、改めて線を引く。

ロルフィングとの接続 ── どこまでが言えるのか

これらの研究を、手技によるボディワークと、どうつなげられるだろうか。

正直に言えば、Langevin らが調べてきたのは、組織を穏やかに引き伸ばす刺激 ── つまりストレッチである。だから、もっとも素直に響き合うのは、Rolf Movement(ロルフ・ムーブメント)や、ヨガのような、身体を伸ばし、組織を変形させる実践だ。手技 ── 手で触れ、圧し、ずらすこと ── もまた、筋膜を力学的に変形させる刺激ではある。その意味で、同じ土俵に立つ可能性はある。しかし、手技そのものが炎症の収束に働きかける、という直接の証拠は、まだ示されていない。

だから、ここで言えるのは、あくまで見立てだ ──「触れること」と「伸ばすこと」は、どちらも筋膜という組織を、力学的に変形させる。そして筋膜は、免疫が働き、炎症が起き、収束していく現場でもある。その二つが、細胞のレベルで出会っているのかもしれない、と。

誠実な限界

魅力的な主題だからこそ、線を引いておきたい。

第一に、ここで挙げた因果の証拠は、そのほとんどが齧歯類(ラット・マウス)と、取り出した組織(ex vivo)での実験に負っている。ヒトで、組織を伸ばすことが結合組織の炎症をどう左右するのかを示す決定的な臨床証拠は、まだ限られている。

第二に、がんについては、とりわけ慎重でありたい。先のマウス乳がんモデルの結果は、あくまで実験動物での知見であり、ヒトの治療や予防に外挿できるものではない。ストレッチやロルフィングを、がんの治療・予防の手段として位置づけることは、現時点でまったく正当化されない。体調に不安がある場合は、まず医療の専門家に相談することが第一である。

第三に、免疫細胞が筋膜に「棲んでいる」ことと、手技や運動が「臨床的に炎症を制御できる」こととのあいだには、まだ距離がある。前者は解剖・組織のレベルで確かめられていても、後者へと直結させるのは、飛躍だ。

第四に、慢性の炎症も線維化も、生活・栄養・全身の状態・遺伝など、多くの要因が絡む多因子の現象である。組織を伸ばすことは、そのなかの一つの因子にすぎない。

それでもなお、「筋膜は、免疫が働く生きた現場である」という事実は ── そして組織を伸ばすことが、炎症の収束に関与しうるという可能性は ── 身体との長い付き合い方に、一つの示唆を与えてくれる。

おわりに

筋膜の「生きている」顔とは、つまり、こういうことなのかもしれない。そこは、免疫の細胞が暮らし、炎症が起こり、そして収束していく、生きた現場である。

傷つき、腫れ、やがて鎮まる ── その一連の過程が、いま、この身体のなかでも続いている。伸ばすこと、触れられること。それらが、その過程に関与しているのだとしたら、身体を伸ばすというありふれた行為の意味は、思うより少しだけ、深いところに届いているのかもしれない。

参考文献

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  • European Rolfing Association: Fascia Expertise & Scientific Research
  • Fascia Research Society

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大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファー™/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー 
東京大学大学院医学研究科博士課程修了。外資系製薬会社でメディカル・マーケティング業務に従事した後、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「科学と実践の統合」をテーマに活動。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka