前回に続きポリヴェーガル理論について取り上げたい(【RolfingコラムVol.53】参照)。そこで人間には3つの神経系があることを触れた。すなわち新しい迷走神経系(心理的距離や社会性に関与する)、交感神経系(Fight/Flightに関与する)、古い迷走神経系(Freezeに関与)で、それぞれがそれぞれの上位に位置し階層構造をなしている。
Porges教授はこの3つの神経系によって世界を捉えることをNeuroception( ‘Neuron=神経系’によって’Perception=知覚’)と述べている(Porges SW et al Zero to Three May 2013)。この考え方が注目されるのは、Neuroceptionの働きに支障が出ると神経系の疾患が現れやすいと考えられるようになっているからだ。
例を挙げたい。
子供が新しい環境に身を置いたり赤の他人に出逢った際、その状況が危険であり、生命に対し脅威であると感じた時に、神経系が反応する。実際に、危険でないと脳で察知していても、身体がそのまま反応する(裏切る)ことがある。例えば、心拍数が上がることや身震いが起きること等。
人間は、こういった防御反応(Fight/flightともいう)のスイッチをOFFにして、安心して他人に身を委ねることで、社交性モード(英語ではSocial engagement)がONになる。これが新しい迷走神経系の役割でもあるが、そのためには
- リスクの評価
- 環境が安全であると察知した際に、Fight/FlightとFreezeのスイッチをOFFにする
ことを自発的に行っている。
ただ、Freezeについて補足が必要。
本コラムでも取り上げた凍りつき(Freeze)(【RolfingコラムVol.35】参照)は、人間にいい影響を及ぼすことがある。受胎、子供の誕生、子供の養育、そして社会的な絆を築く際には、Freezeに近い、静止(Immobilize;mobilize=動く、のim=否定)状態になるという。
この場合には、「恐れのない静止状態」となるわけだが、これは致死的となるFreezeから社会的な絆を構築するのに利用できるように発達していった。やがて脳はこれに対する受容体をもつようにやり、子供の誕生や養育の際に分泌するOxytocinが放出することがわかってきた。又この物質は社会的に絆を手助けする際にも分泌する。しかし、身の回りに危険が察知されると、この物質は分泌しない。
本コラムでも触れたが、顔面の筋肉の神経系の制御も社会的な絆を構築するのに大切になる(【RolfingコラムVol.35】参照)。例えば、
- アイコンタクトをする
- 発声に抑揚やリズムが出る
- 表情に出す
- 背景にある声と人の声を識別するのに中耳の働きを制御する
一方で、その状況が危険であり生命に対し脅威であるとに遭遇の際、顔面の筋肉の力が弱まり
- まぶたが下がる
- 発声の抑揚がなくなる
- 表情の感情表現が乏しくなる
- 人の声に対する意識が減少する
- 社交性に関する感度が低下する
が認められるようになるとのこと。注意すべきこととして、その状況が危険であり、生命に対し脅威であるということは、外因的(赤の他人や危険な場面)のみならず、内因的(発熱、痛み、身体的病気)の二つの要因の可能性があるということだ。
さて、今まで説明してきたNeuroceptionに支障が出た場合にどういったことが起こると考えられるのか?Porges教授によると、
- 統合失調症や自閉症では、Fight/flightやFreezeの機能を抑制すると考えられている脳の側頭葉の活動が認められない。
- 不安障害や抑うつを持つ患者は心拍数の制御ができていないことや表情の感情表現が乏しくなっている。
といった例を挙げている。
興味深いことは、Porges教授の研究室において、Neuroceptionの働きがなんらかの形で支障の出ている自閉症の患者に対して、顔面や頭を制御する神経系、特に中耳の働きに対して積極的に介入することで成果をあげつつあるという。
私自身、ポリヴェーガル理論は身体と心の関係を知る上で、更にロルフィングでクライアントと向き合う上で知っておいたほうがいい考えだと思っている。今までに述べてきたように顔の表情は意外と多くの情報を与えてくれるからだ。これからもこの理論について注目していきたいと思う。