エサレン研究所(2)〜心理学の大衆化と雰囲気

本コラムで前回エサレン研究所(Esalen Institute)について取り上げたところ(「エサレン研究所(1)〜心理学とボディワーク」参照)、予想以上の反響があった。そのため、吉福伸逸氏のセラピストについての考え方は次回に触れることにして、もう少しエサレン研究所について書きたい。詳細を知りたい方は、下記の本を読んでいただくとより理解が深まると思う。

吉福伸逸2

1960年代後半になると、アメリカ・カリフォルニアを中心として、アメリカ全土にヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント(Human Potential Movement)という運動が広がっていく。欲求の5段階説を唱えた、アブラハム・マズロー氏によって作られた人間性心理学を基盤に大衆的に広がった運動として知られており、吉福氏はこの心理学を「ポップ心理学」と呼んでいる。

この運動を通じて、ボディワークや最新の心理セラピー、瞑想といったものを体験していく。なぜ、このような運動が盛んになったのか?というと物事を理性で判断するという、西洋的価値観や理知主義の行き詰まりというのも大きかったのかもしれないが、東洋思想との出会いやLSDの体験により人間の情緒的な広がりを受け入れやすくなったからという(LSDと心理学については、「エサレン研究所(1)〜心理学とボディワーク」参照)。

DSC_3786 のコピー

興味深いのは、正常な人が対象になったことと、裾野が広がり、専門家でない人も取り組むことができるようになったことだ。

ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントの理論的な支柱となったのが、マズローの人間性心理学、来談者中心療法(Client-Centered Therapy)を創始したカール・ロジャース、ゲシュタルト療法を創始したフリッツ・パールズ(ゲシュタルト療法はNLPを作る基礎となっているが、いずれ本コラムで取り上げる予定)、バイオエナジェティックスのアレクサンダー・ローエンを含め多数が関わっているが、身体を中心としたボディワークもこれに含まれる。

例えば、本コラムで取り上げたアレクサンダーテクニック、フェルデンクライス・メソッド、ロルフィングなど(アレクサンダーテクニックとロルフィングの違いについては、「ロルフィングとアレクサンダー・テクニックとの関係(1)」と「アレクサンダー・テクニックとの関係(2)」参照)。

DSC_4742 のコピー

エサレンはヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントの拠点となっていた。ディック・プライスとマイケル・マーフィーがインドへ旅し、南インドのオーロビンドのアシュラム(精神的な修行を行う場所)を訪れ、アメリカにもそういった拠点が欲しいということで、Big Surで作ったという。

83G83T838C83938AC594C21

エサレンの特徴は、スカラー・イン・レジデンス(滞在研究員)という制度があり、フリッツ・パールズが研究員として長期間エサレンに滞在した。そして、他にも心理学の先駆者や東洋の宗教家、グルなどがエサレンに滞在したらしい。

吉福氏はエサレンが作られた初期の頃に滞在し、その良かった点として挙げているのが、実験精神が旺盛であったこと。特定の技法のみがその場を占拠することがなく、場を提供する形であらゆる修行法や療法が入ってきたということ。またエサレンのそばには、タサハラ禅マウンテンセンター、そして200km離れたサンフランシスコにはサンフランシスコ禅センターもあり、予想以上に禅がヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントに影響を与えたという。

参考に、サンフランシスコ禅センターを作ったのは、曹洞宗の鈴木俊隆老師。スティーブ・ジョブズが愛読した『禅マインド ビギナーズ・マインド』の著者であり、一度本コラムで触れたことがある(「初心者の心」参照)。西洋に理論的な体系を持ち込んだ鈴木大拙氏とは違い、鈴木老師は、修行体系をアメリカに持ち込んだところに特徴がある。参考に、鈴木老師の下記の書物は、西洋に受け入れられた禅を知る上で興味深い一冊だ。

Beginners mind

世界一周へ旅立つ前に、田口ランディ氏が吉福伸逸氏と対談した『仏教のコスモロジーを探して』に興味深いことが書かれている。

田口ランディ

あのね、僕の友だちでウィリアム・アーウィン・トンプソンという歴史家がいるんです。たぶん『宇宙意識への接近』に出てると思うんだけど。日本はね、トヨタ・ホンダ、すごい車をつくってアメリカに輸出するようになりましたよね。根っこは車社会のアメリカから日本は車を学び、アメリカにまで輸出するように なった。一方、日本はアメリカに禅を持ち込んだ。彼はそれを「どっちのほうが価値があると思う?われわれははるかに得した」って言ってるんです

禅がアメリカに与えた影響が如何に大きかったことがわかるエピソードだと思う。

このような雰囲気から、ロルフィングが生まれていると思うと、アメリカは、最先端の科学のリーダーとしての役割のみならず、その裾野の深さを感じる。では、次回吉福伸逸氏のセラピストについての考え方について取り上げたいと思う。

2026年8月の注記

この記事の後半に、地理的な事実として書いた一節がある。エサレンのそばにタサハラ禅マウンテンセンターがあり、200km離れたサンフランシスコにサンフランシスコ禅センターがあった。禅が予想以上にヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントに影響を与えた、と伝聞の形で記している。2015年5月の時点では、それ以上の意味を持たない一行だった。

10年後、この一行が自分の学びの系譜につながる。

2025年4月から7月にかけて、東京でアドバンスト・トレーニングを受けた。講師はRay McCallと田畑浩良の両氏である。そのトレーニングの理論的な支柱となっているのが、Jeff Maitlandの5原理とTaxonomyだった。Maitlandは哲学者であり、同時に禅僧でもある。法名を法覚という。その師が、ロサンゼルスで長く教えていた佐々木承周老師である。そしてRayは、Maitlandのもとで学んだ。

佐々木承周老師からMaitlandへ、MaitlandからRayへ、そして2025年に自分のところへ。三代を遡ると、禅がアメリカに根を下ろした時期に行き当たる。その時期のカリフォルニアで、禅道場のすぐそばにエサレンがあり、そこでIda Rolfがロルフィングを教えていた。

ロルフィングに禅が入ってきた経路は、後から接ぎ木されたものではない。最初から同じ土地にあった。

もう一点、この記事が記録しているのは、体系を持つ前のロルフィングの姿である。

吉福伸逸氏は人間性心理学を「ポップ心理学」と呼び、その運動の特徴として、対象が正常な人になったこと、専門家でない人も取り組めるようになったことを挙げている。そしてエサレンの良かった点として、実験精神が旺盛で、特定の技法が場を占拠することなく、場を提供する形であらゆる修行法や療法が入ってきたことを挙げる。ロルフィングは、アレクサンダー・テクニックやフェルデンクライス・メソッドと並んで、その運動の一部として書かれている。

Sharon Wheelerのワークショップの回の注記で、Idaには身体の見方をどう教えるかの方法がなかったこと、その空白が1989年の分裂とMaitland哲学の導入、5原理とTaxonomyへ向かう約50年の起点になったことを書いた。この記事に描かれているのは、その50年が始まる前の状態である。方法が定まっておらず、体系がなく、それが欠点ではなく場の性質として機能していた時期。

体系化される前の姿と、体系化を担った人物の師の系譜が、同じ記事の中に別々の話題として並ん

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka