2018年2月4日(日)、ワークショップも最終日を迎え、午後3時には全日程を修了する予定である。

最終日は、基礎トレーニングで行なっているEmbodimentを、一人の持ち時間10分で合計15人の生徒が披露した(「身体感覚〜Embodimentとは何か」参照)。4人が連続してEmbodimentを行なってから15分休憩、という順番で進んでいった。
私の出番が訪れたのは3巡目の冒頭。15人の参加者とInstructor、Assistantの3人の前で、まず歩いていただいた。その後、パートナーと2人1組を組み、背中を合わせて座っていただいた。
背中を合わせるという条件で動いていただく。その後、一人が目をつぶり、目を開けている人が動きをリードする。

できる限りクリエイティブに動くようにという指示のもと、さまざまな文化背景の人たちが違った動きを披露して、楽しかった。交互に目をつぶって動きを披露した後、2人とも目を閉じて動く。この頃になると笑いも響いてきて、心底楽しんでいるという雰囲気を感じた。
最後に、再び背中合わせのまま立ち上がり、一人一人が歩きへと移る。背中合わせがどのように身体に影響を与えたのかを体感していただいた。
他の参加者のプログラムも面白かった。散らかった地面を用意し、2人1組で一人が目をつぶり、目を開いている人が歩きをガイドしていくというもの。棒のワークで、一人一人が棒を持った上で、遭遇する参加者と棒を交換していくというもの。さまざまなクリエイティビティが発揮されていた。

15分の休憩のあいだに、次のことを見つめ直す時間もあった。
- 主題は何だったか(What was the subject?)
- どのような人たちに披露したいか(To what kind of public could you bring it in to?)
- スペースをどう使ったか(How did you use the space?)
- ペースやリズムはどうだったか(What was the pace/rhythm?)
- どのような言葉、イメージ、メタファー、説明をしたのか(What was the language used, images, metaphors, description?)
- 探求するために相手にどれだけスペースを与えたか(How much were you leading/leaving the space to explore?)
InstructorのRitaは、このように毎回、生徒に対してスペースを用意する。自分を振り返る時間を作ることで、何を学んだのかを消化する時間を設けてくれるところがいい。

そしてPart 3では、ロルフィングで学んだ動きをどのようにして多人数に伝えていくのかが一つのテーマになる。予告編を見せられている気がして、本当に楽しみだ。

最終日にはいつも荷物が教室の外に置かれていて、寂しい気持ちがある。一方で、12日間近くミュンヘンにいて、そろそろ帰国したいという気持ちもある。今回は充実した時間を過ごせたので、東京に戻ったら、興味のある方たちに学びをシェアできたら嬉しい。

集中していたため、ブログで記事をまとめる時間がなかったのだが、いくつか印象に残ることがあったので、次回以降に触れたい。
2026年8月の注記
最終日、15人が10分ずつEmbodimentを披露した。その休憩時間に、6つの問いが渡されている。
主題は何だったか。どういう人たちに向けたいか。スペースをどう使ったか。ペースとリズムはどうだったか。どんな言葉、イメージ、メタファー、説明を使ったか。そして、探求するために相手にどれだけスペースを与えたか。
この6つ目が、他の5つと性格が違う。
前の5つは、自分が何をしたかを振り返る問いである。6つ目だけが、相手に何を渡さなかったかを問うている。
Leading と leaving the space の対で書かれている。導いたのか、探求する余地を残したのか。
Rolf Movement の核心が、この一行にある。
そして当時の記録に、こう書いた。Instructorの Rita は、このように毎回、生徒に対してスペースを用意する。自分を振り返る時間を作ることで、何を学んだのかを消化する時間を設けてくれる、と。
教える側が、生徒に対して同じことをしている。
答えを渡さずに問いを渡し、消化する時間を置く。生徒が自分で何を学んだかを見つけるための余地を残している。
11年経って分かるのは、これが二重になっていたということである。
生徒は、クライアントに探求の余地をどれだけ残したかを問われる。その問いを渡す側が、生徒に対して同じことをしている。内容と形式が一致している。
半年前のSupervision Workshopで、Pierpaola Volpones先生が Teach と Educate の違いを説明していた。Teach は手順を一つずつ伝えて覚えさせること。Educate は、生徒の良さを引き出すために、どうしたらいいかを生徒自身に考えさせること。
Rita先生がしていたのは、後者である。
そして、Educate という語の由来にあたる引き出すという意味が、この6つ目の問いにそのまま現れている。相手が自分で見つける余地を残したか。
もう一つ、この日の記録には、参加者の発表の中身が残っている。
背中合わせで動く。一人が目をつぶり、もう一人が導く。散らかった地面を、目を閉じた人が案内されながら歩く。棒を持って歩き、すれ違う人と交換する。
どれも、相手に委ねる形をしている。
そして、笑いが起きたと書いてある。心底楽しんでいるという雰囲気を感じた、と。
Rolf Movementの最終試験にあたる場面で、笑っている。
思えば、この課程を通じて緊張の記録がほとんどない。混乱したという記録はある。ただ、それは評価されることへの緊張ではなく、手順がないことへの戸惑いだった。
評価されないことと、探求の余地が残されていることは、同じ場所を守っている。
そして、そこで初めて人は試せる。失敗を恐れずに、今までしたことのないことを積極的にやるように、というPart 1最終日のアドバイスも、その場があってこそ成り立つ。
場を保つことは、教える側の技術である。この日の教室は、その実演だった。
