3回目:前後のバランスを整える──身体を平面から立体へ

1回目で呼吸、2回目で足裏。上下の軸が整うと、3回目では前後を扱う。第1フェーズの締めくくりであり、身体の捉え方そのものが変わる回でもある。

3回目の位置づけ

1〜2回目で扱ったのは、上半身と下半身という縦の関係だった。3回目でそこに前後が加わる。平面で捉えていた身体が、奥行きを持った立体として感じられるようになる。

この変化が、4回目以降の中心軸(左右)へのセッションの前提になる。自分の身体が占める空間の輪郭がつかめて初めて、その中心にアプローチできる。

前に出た頭は、失敗ではない

頭が前に出ている、背中が丸い、肩が内へ入っている。前後のバランスが崩れた身体を、直すべき不具合として扱わない。

前に出るのは、見るために必要だった姿勢だからだ。画面を見る、手元を見る、人の表情を読む。前方に集中してきた時間の長さが、そのまま形になっている。頭を前に運ぶことで、その人は仕事をしてきた。

前が濃くなれば、後ろは薄くなる。背中側の認識が働かなくなるのは、失敗ではなく、前に集中した結果として自然に起きることだ。3回目にすることは、前を否定して後ろを足すことではない。前だけで世界に向かわなくてよい状況が生まれたときに、後ろの空間は自ずと戻ってくる。

平面から立体へ──絵画史というたとえ

2014年9月、ロルフィングの基礎トレーニング(Phase II)で学んだイタリア人講師のGiovanni Felicioni先生は、この変化を西洋絵画史にたとえて説明した。世界の見え方が二次元から三次元へ移るとき、人間の世界観に何が起きるのか、という話だ。

中世のイコンは、平面で描かれる。聖なるものを立体的な像として描くことへの神学的な抑制があり、奥行きよりも象徴の配置が優先された。1〜2回目のセッションで扱う身体の見方は、この段階に近い。

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ルネサンスに入ると、ジョットが空間の奥行きと人物の自然な感情を絵画に持ち込む。ラファエロの『アテナイの学堂』では、消失点と左右・前後の対称性が構図の骨格になり、空間の意識がさらに深まる。ここで登場するのが、3回目のセッションが扱う立体的な身体の見方だ。

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消失点とは、平行な線が画面の中で交わって見える点のことで、方向を定める働きを持つ。

時代が下ると、マティスやモネの作品では、描く対象の前景だけでなく背景にも力点が置かれるようになる。手前と奥の両方が画面を支えることで、絵にバランスが生まれる。

消失点と「歩き」

歩きを観察するとき、視線の消失点がどこへ向かっているかを見る。机や椅子、窓、建物といった具体的な対象を見ているのか。視野は狭まっているのか、広がっているのか。

消失点が定まらないと、空間の認識が狭まる。逆に、背景まで含めて認識が広がると消失点も大きく取れるようになり、歩きや姿勢から力みが抜けていく。絵画で前景と背景の両方が扱われるようになったのと、同じことが身体で起きる。

ここで起きていることは、力を抜こうとして抜けるのとは違う。背景を認識したときに、抜けてしまう。2回目のEye of the Footで、足裏に目があると仮定するだけで骨盤底の張力が変わったのと、同じ種類の出来事だ。知覚の置き方が変わると、身体のほうが張力の配分を変える。

ロルフ・ムーブメントでは、背面の空間を捉えることをFinding Back Spaceと呼ぶ。姿勢を支える疲労しない筋肉の多くが背中側にあることと、この呼び方は対応している。前だけを見ている身体は、支えの側を使えていない。

ペリパーソナル・スペース──距離の取り方

前後の奥行きが感覚として戻ると、外部環境と身体との距離感が取りやすくなる。

サンドラ・ブレイクスリー『脳の中の身体地図』には、下記のことが書かれている。

両腕を身体の正面にいつぱいに伸ばす。手は指先までピンと伸ばして、平らにすること。そのまま、上下、左右に振ってみる。頭の上から大きく回して脇に下ろす。四本の腕を他つシヴァ神のつもりになって、あなたのテリトリーをもっと大きく広げてみよう。さて今、腕が通過した全空間をイメージしていただきたい。これがあなたの身体を取り巻くパーソナル・スペースだ。神経科学者はこれをペリパーソナル・スペース(Peri-personal Space、Periとは周辺)と呼んでいる。この空間が隅から隅まで脳内でマッピングされている。

このペリパーソナル・スペースは個人によって違い、それが人と人との距離感の取り方に現れてくる。

身体地図の働きは、それが崩れた場面でかえって見えやすくなる。幻肢では、失った手足がまだあるように感じられる。逆に、身体があるのに感じ取れなくなる症例も報告されている。ないものがあるように感じられる状態と、あるものが感じられない状態。ロルフィングが扱うのはその中間で、あるのに感じられていないものを、感じられるようにしていく。

この地図には二つの層が区別されている。意識に上らないまま姿勢や動きを支えている層(ボディスキーマ)と、自分の身体をこういうものだと思っている像(ボディイメージ)だ。3回目で先に変わるのは、多くの場合、前者のほうになる。自覚が変わるより先に、支え方が変わる。

この地図が働いているからこそ、車が近づいてくる、人が接近してくるといった場面で、手を伸ばす・身を引く・距離を取るといった対応が間に合う。逆に、この感覚があいまいなままだと、自分の立ち位置も、他の人との適切な距離もつかみにくくなる。

身体を立体として捉えることは、自分の空間を確保することでもある。これは中心軸を整える前に押さえておきたい段階だ。

セッションの冒頭で観ているもの

冒頭のBody Reading(立ち方や歩き方の観察)で見ているのは、次のような点だ。

  • 横から見たときに、耳・肩・股関節・くるぶしがどの位置関係にあるか
  • 頭が前に出ていないか
  • 肋骨と骨盤の前後のずれ
  • 歩行中の腕の振りが、左右で違っていないか
  • 視線の向かう先と、視野の広さ

セッションで整えていく条件

前後のバランスが変わるために、3回目は次の3箇所に触れていく。

肩と腕。どちらも身体の側面、つまり前後の境目にある。歩くときに腕を振るのは、前後のバランスが崩れないよう調整するためだ。ここが自由になると、歩きの安定の仕方が変わる。

背骨。頚椎・胸椎・腰椎・仙骨がつくるS字のカーブは、筋膜の緊張によって崩れていることが多い。前後のバランスが戻るとは、このカーブが働きを取り戻すことでもある。結果として腰への負担が軽くなる。

腿の側面。骨盤から下の前後バランスを支える部位で、ここが硬いと、足裏で得た接地感が骨盤まで届かない。

この回で、身体が受け取る情報

3回目にしていることを、体側面を扱った、脊柱起立筋を緩めた、と手技で説明すると、実際に起きていることから離れる。

受け取っているのは、後ろにも空間があるという情報だと考えている。支えは前だけにあるのではない。背中側にも、身体が寄りかかれる場所がある。この情報が届くと、前へ前へと出ていた重心が、自分で後ろの支えを見つけはじめる。

何をもって、整ったとするか

姿勢が良く見えるかどうかを、それ自体では成果としない。見た目を基準にすると、頭を引いて胸を張る、という別の力みを作ることになる。

セッションの終わりに見ているのは、重力との関係のほうだ。頭の重さが背骨を通って骨盤まで抜けているか。前後の張力が釣り合い、どちらか一方で支えずに済んでいるか。重力が前へ引き倒す力ではなく、身体を貫いて通る軸として働いているか。

「身長が伸びた感じがする」という体感がよく報告されるのは、その関係が変わった結果として現れる。

セッション後に起きること

  • 背中の面が広く感じられる
  • 頭の位置が背骨の上に乗る
  • 腕の振りが軽くなり、歩きから力みが抜ける
  • 視野が広がり、周囲との距離感が取りやすくなる
  • 腰の負担が軽くなる

次の回へ

ここまでの3回で表層が解放され、身体が立体として捉えられるようになる。4回目からは深層に入り、床との接触面から中心軸の感覚を育てていく。

トレーニングでこの回をどう学んだかは、こちらに書いている。


大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファー™/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)。外資系製薬会社でメディカル・マーケティング業務に従事した後、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「科学と実践の統合」をテーマに活動。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka