生活習慣から身体を整える 第3回(全3回)
本記事は「生活習慣から身体を整える」シリーズ全3回の第3回である。本シリーズは、ロルフィングのセッションの中でよく聞かれる、日々の生活で何ができるかという問いに答えるものになる。最終回では、日中の身体の使い方を扱う。
集中と代謝は、同じところから来ている
私は、2015年6月から渋谷にて、ロルフィング・セッションを提供している。セッションでは、健康を維持するために生活習慣をどう改善していったらいいのか、アドバイスを送ることが多い。
今回扱うのは、二つのことだ。集中力をどう高めるか。そして、体脂肪をどう燃やすか。
一見、別の話に見える。だが、どちらも神経系から始まっている。しかも、効いてくる手段がかなり重なる。軽い運動、冷たい水、人と話すこと。同じことが、集中にも代謝にも効いてくる。
その重なりのほうを、今回は見ていきたい。
脳は変わる
前提として、一つ置いておきたい。
かつて医学の世界では、脳は変化しないものだと長く信じられていた。それが変わったのが1960年代から1970年代にかけてで、環境に応じて脳は自ら変わることができる、という考え方が注目されるようになった。脳の可塑性と呼ばれる。神経細胞と、変化できるという意味の語をつないだ造語だ。
いまでは、外からの刺激によって脳の働きや構造が絶えず変化することが分かっている。
ロルフィングも、手技を使って新しい身体の使い方を脳へ伝える方法の一つと言える。そして日常の中でも、同じ性質を使うことができる。集中したいときにどう集中するか、学習をどう定着させるか。そこが今回の話になる。
究極の手段は、睡眠
集中力を上げるもっとも手っ取り早い方法が、一つある。十分な睡眠をとることだ。
集中力だけではない。認知、身体的なパフォーマンス、ホルモンのバランス、免疫の働きなどの改善が報告されている。しかも、睡眠は学習を定着させる役割も持っている。第1回で書いたとおりだ。
十分な睡眠をとっている、ということを前提にしたうえで、以下の話になる。
集中に関わる三つの神経伝達物質
脳の神経細胞は、神経伝達物質を作る。その中でも集中に関わっているのが、ノルアドレナリン、アセチルコリン、ドーパミンの三つになる。
スタンフォード大学の神経科学者アンドリュー・ヒューバーマンは、集中について「矢印のモデル」で考えると分かりやすいと紹介している。それに沿って見ていきたい。
ノルアドレナリンは、集中に必要なエネルギー、警戒、原動力を与えるもの。矢印でいえば、矢の骨格にあたる。
アセチルコリンは、注意、集中、スポットライトを表す。矢印の先で、一点に絞り込む上で重要になる。
ドーパミンは、報酬、動機づけ、持続力。集中をどう保つか、という部分を担う。
三つは違う役割を果たしている。それぞれ、どう上げていけばいいのか。
ドーパミンを上げる──集中を持続する
集中を持続するために重要なドーパミンを上げるには、早朝に日光を浴びること、カフェインを摂ること(いずれもドーパミンの効果を高める)、冷えた風呂やサウナを活用することなどがある。
ADHDの治療薬にもドーパミンを上げるものがあるが、ここで扱うのは生活の中でできることのほうになる。
冷えた風呂やサウナは、ドーパミンを上げるだけでなく、その後の値が安定するという報告もあり、使いやすい。
ノルアドレナリンを上げる──集中のエネルギー
集中のエネルギーとなるノルアドレナリンを上げるには、軽い運動と、他人との会話が挙げられる。ノルアドレナリンが、身体を動かす部位と関係が深いためだ。ドーパミンと同様に、冷えた風呂やサウナも効果があり、さらに呼吸法でも上げることができる。
余談になるが、ノルアドレナリンは学習を定着させるためにも重要になる。記憶の研究では、勉強をした直後から5分から10分後にノルアドレナリンを増やすと、脳が学習を定着させる状態になるらしい。興味深いことに、学習中は集中と冷静さが大事なので、ノルアドレナリンを増やしすぎるとかえって逆効果になるという。
上げる場所と、上げない場所がある。
アセチルコリンを上げる──絞り込み
一点に絞り込む役割を果たすアセチルコリンを上げるには、同じ距離にある一つのもの——自分が観察しやすいものであれば何でもいい——を、30秒から60秒にかけて注視することが勧められている。視野を狭めてから、仕事に取り組むという意味になる。
目の使い方でいうと、もう一つある。ヒューバーマンのポッドキャストで知ったことだが、脳は目とつながっていて、視線と覚醒には関連が深いという。目線を下にすると鎮静し、眠気が襲いやすくなる。鼻よりも上に目線を置くと、覚醒する。
タバコは、三つを同時に上げる
タバコは、ドーパミン、ノルアドレナリン、アセチルコリンの三つを同時に上げる、最強の嗜好品といえる。健康に悪影響を及ぼすという報告があるにもかかわらず、辞められないという現象が起きるのは、このためだ。
ちなみに、アセチルコリンがここに入っているのは偶然ではない。ニコチンは、アセチルコリンの受容体の一つに直接結合する。ニコチン性アセチルコリン受容体という名前は、そこから来ている。
タバコを使わなくても、生活習慣の工夫で集中力を高めていくことはできる。ご興味があれば試されるといいと思う。
失敗やイライラも、集中を高める
最後に一つ。
なかなか覚えられないというイライラ、うまく学習できなかった、試験に失敗した。こういったことが、結果的に脳の集中力を高め、問題を解決させる方向へ導くことも知られている。
うまくいかない状態そのものが、脳にとっては信号になっている。
日光を浴びながら歩く
ここから、代謝のほうへ移っていく。だがその前に、両方に関わることを一つ書いておきたい。
日光を浴びながら歩くと、感情の面によい影響がある。手を振って、横向きに目を動かすこと。風景が前後から通り過ぎるのを見ること。恐れを司る扁桃体を落ち着かせる効果があるのだという。
歩くという一見単純な運動が、日光と組み合わさると、肉体だけでなく精神にも影響を及ぼす。そして同じ歩行が、次に見るように、代謝の側にも効いてくる。
体脂肪は、脳とホルモンで調整されている
年齢を重ねるほど問題になるのが、体脂肪だ。どうやって燃やすのか。運動で本当に燃えるのか。
体脂肪を燃やすためには、身体の動きを通じて神経系を活性化させる必要がある。震えること(冷たい風呂の中で寒さを感じて震える、など)、落ち着きのない行動をとること(席を立ったり座ったり)。これらは英語で fidgeting、あるいは NEAT(Non Exercise Activity Thermogenesis、非運動活動による熱発生)と呼ばれ、運動とは関係なく、無意識に行うものだ。
カロリーを消費する運動とは別の経路で、神経系を活性化させることで起きる。
原理はこうだ。神経系から脂肪細胞へアドレナリンが出ることで、脂肪の燃焼が起きると考えられている。一方で、炭水化物を摂ると膵臓からインスリンが分泌される。インスリンは体脂肪を貯める方向で働く。
NEATは、どのくらいか
ここで、数字を確かめておきたい。
以前、この「微細な動き」について、何もしていない人と比べて800から1200カロリーの追加の消費が期待できる、と書いたことがある。
実は、この数字は実測と合わない。
三軸の加速度計を7日間つけて測った研究がある。日本人の男子大学生で、よく訓練されたアスリート21名と、座りがちな学生12名を比べたものだ。
NEATは、アスリートで1日821±185キロカロリー、非アスリートで643±164キロカロリーだった。
差は、およそ180キロカロリーになる。800という数字は、追加の消費ではなく、NEATそのものの総量に近い。
ただし、NEATが体重の管理に効くこと自体は支持されている。過食や低栄養のときに、成人が体重を増やしやすいか減らしやすいかの差は、NEATの違いで説明されるという整理がある。そわそわした動きを増やすことで、短期のエネルギー消費を増やせることも、痩せた人でも過体重の人でも示されている。
日本の2型糖尿病の患者45名を対象にした研究では、NEATのスコアが血清インスリン値、腹囲、血圧、脈波伝播速度と負の相関を示し、HDLコレステロールとは正の相関を示している。
桁は違っていたが、方向は合っていた。
体脂肪の燃焼でできること
微細な動きを取り入れる
震える、席を立ったり座ったりする以外にも、膝を動かす、貧乏ゆすりをする、ペンを回すといった行動でもいい。冷たい風呂を実践する際には「震える」まで行うのがポイントらしいが、やり過ぎもよくない。その点は注意が必要だと思う。
冷たい風呂・冷たいシャワー
冷たい風呂やシャワーを週に1回から4回浴びると、脂肪細胞の中で脂肪を燃やせる褐色脂肪細胞が増え、身体を温めようとする。その原理を利用して、脂肪の燃焼が可能になる。冷たいという刺激により、身体の中にコハク酸が生み出され、脂肪の燃焼につながるとされている。
集中の側でも、ドーパミンとノルアドレナリンを上げる手段として出てきた。同じことが、両方に効いている。
食後に軽い運動をする
食事の後に軽い運動(徒歩)をすると、腸を含めた消化管が動きやすくなるので、食事の消化・吸収が早まる。結果的に、インスリンの低下が早まる。
第1回で、寝る前の2〜3時間に食事を終え、食後に30分ほど歩くと書いた。同じ習慣が、断食の状態へ早く入ることと、脂肪の燃焼の両方に関わっている。
炭水化物を摂るタイミング
炭水化物をとった後、血糖値を下げるためにインスリンが上がる。運動するときに炭水化物を摂り過ぎると、体脂肪の燃焼より、炭水化物の燃焼の優先順位が高まる。
筋トレのパフォーマンスを上げるためには炭水化物が必須だが、脂肪燃焼のことを考えると、炭水化物を減らすことが重要になる。このようなことから、筋トレと脂肪燃焼は同時に最適化しにくい。
サプリメントについて
炭水化物をとった後、血糖値を下げるためにインスリンが上がるが、サプリメントを使うと、早くインスリンを低下させることができるとされている。
ベルベリンは、その一つだ。糖尿病の治療薬であるメトホルミンと効果が似ている、と言われることがある。
ここには出所がある。2008年に Metabolism 誌で発表された無作為化試験で、新規に診断された2型糖尿病の患者を対象に、ベルベリンとメトホルミンを13週間にわたって直接比較した。HbA1c、空腹時血糖、食後血糖のいずれも、同程度の改善を示している。機序も共通していて、ベルベリンの主な作用はAMPKという細胞のエネルギーセンサーの活性化にあり、これはメトホルミンが働くのと同じ経路になる。
長鎖脂肪酸の燃焼を助けるアセチル・カルニチンも、脂肪の燃焼を促すとされる。
GLP-1とマテ茶
保険外で使用されているGLP-1が話題になっている。インスリンを下げると同時に、食欲も下げることができる。注射剤のため抵抗がある人もいると思うが、マテ茶がその代わりになるという話がある。
実は、ここは確からしさの段階が違う。
マテ茶がGLP-1の代わりになるという主張を支持する材料を、私は見つけられなかった。
ベルベリンについてさえ、そうだ。動物モデルでGLP-1の分泌に弱く影響するという報告はあるものの、ヒトで意味のある作用があるという証拠は強くない、という整理が出ている。GLP-1受容体作動薬を効果的にしている食欲の抑制は、ベルベリンの効果ではない、とも。
効きの大きさも違う。GLP-1受容体作動薬は、代謝症候群のある人で1年に体重の10から15パーセントを減らす。ベルベリンのほうは、12週間で2.3キログラムほどの差だった。比較できる介入ではない、というのが妥当なところだと思う。
ベルベリンには、血糖の指標について確かな証拠がある。ただし、注射剤の代わりになるという話とは、別のことになる。
まとめ
今回は、集中と脂肪の燃焼について、日常生活で取り入れることのできる習慣を中心に取り上げた。
三回にわたって、生活習慣を見てきた。第1回は体内時計、第2回は水と塩、そして今回が日中の使い方になる。
振り返ってみると、同じものが何度も出てきた。光。歩くこと。冷たい水。人と話すこと。食べる時間。どれも特別なことではないし、道具もいらない。
そして、数字については、そのつど確からしさの段階を書いてきた。カフェインを90分待つこと、時間を決めて食べること、水分不足を指先で判定すること、塩を1日何グラム摂ること、微細な動きで何カロリー消費すること。どれも、もっともらしく語られているが、検証の段階はそれぞれ違っていた。
だからといって、何もしないほうがいいということにはならない。ただ、数字をそのまま当てはめるのではなく、自分の身体で確かめていくことになる。姿勢と同じで、答えは一人ずつ違う。
生活習慣から身体を整える(全3回)
- 第1回:身体には時計がある──光と食事が、一日を決める
- 第2回:水は、塩がないと身体に残らない──摂るということ
- 第3回:集中も、脂肪の燃焼も、神経系から始まる──日中の使い方(この記事)
2026年9月の注記
この回のもとになった記事は、2023年の7月末と8月に書いたものだ。集中と、体脂肪の燃焼。
本文で、ベルベリンについて書いた。糖尿病の治療薬であるメトホルミンと効果が似ていると言われること、その機序がAMPKの活性化にあること。2023年に書いたときは、インスリンを早く下げるサプリメントの一つとして、そこに置いていた。
2年後、そのAMPKが別の文脈で戻ってくることになる(「老化をめぐる「エネルギー感知システム」──AMPK・ラパマイシン・カロリー制限・メトホルミン」参照)。
AMPKは、細胞のエネルギー残量を監視するセンサーのような酵素だ。車のガソリンの警告ランプが点くように、燃料が足りないと感知するとスイッチが入る。すると細胞は省エネモードに切り替わり、ミトコンドリアが新たに作られ、脂肪の分解が進み、mTORという成長の経路が抑えられて、オートファジーが動き出す。
そして、老化研究の中心にいるのが、この経路になる。カロリー制限がなぜ寿命を延ばすのか。断食や運動がなぜ効くとされるのか。すべてAMPKとmTORのバランスの話につながっていく。
メトホルミンが長寿薬として注目されているのも、同じ理由だった。糖尿病の患者を長く見ていると、がんの発症率が低く、場合によっては糖尿病でない人より長生きしていることが報告されている。いま、老化そのものを対象にした臨床試験が進んでいる。
2023年の記事は、脂肪を燃やすための道具としてベルベリンを扱った。同じ分子が、細胞がエネルギー不足をどう感じるかという話の中に置き直されている。
視点が違うと、同じものが別の顔をする。身体の側から見れば脂肪の燃焼で、細胞の側から見ればエネルギーの感知になる。
このシリーズで扱ったのは、前者のほうだった。
