なぜ、ロルフィングにエネルギーの視点が要るのか

エネルギーワークを辿るシリーズ(第3回|全3回)

はじめに

第1回の「エネルギーワークは、何を扱っているのか」では、エネルギーという言葉が何を指すのか、施術者が実際に何をしているのかを扱った。第2回の「ロルフィングの中で、エネルギーはどう扱われてきたのか」では、ロルフィングの中の歴史を辿った。この回では、ロルフィングの五つの分類の中で、エネルギーの視点がなぜ要るのかを考える。

全体の地図は「エネルギーワークとは何か」にある。

ロルフィングの五つの分類(Taxonomy)

ロルフィングでは、身体へ働きかける入口を五つに分類(Taxonomy)している。構造的・幾何学的(geometric)、バイオメカニカル(biomechanical)、機能的(functional)、心理生物学的(psychobiological)、そしてエネルギー的(energetic)という五つである(「ロルフィングにおける原理・原則と観察力 — Jeff Maitlandのアプローチ」参照)。

これらは、別々の目的を持っているわけではない。どの入口から始めても、最終的には身体の構造に働きかけ、重力の中でその人がよりよく適応していく過程を助ける。向かう先は一つで、入口が五つあるのである。

エネルギー的な領域は、その五つ目に当たる。ただし、五つの中で最も言語化が遅れた領域でもあった。

日本では、この領域にもう一つの重要な流れがある。ロルフィング・インストラクターの田畑浩良さんが探究してきたYIELDワークである。クライアントが接地面に自らを委ね、安定した基盤が生まれることで、内側から自然な変化が起こる。

田畑さんは、これを技法ではなく、身体化された気づきの状態だと述べている。構造へのアプローチでも、ムーブメントでも、クラニオセイクラルでも、どのセッションにも通せるものだという。分類の中の一項目としてではなく、分類を横断するものとして扱われている。

興味深いのは、田畑さんがこのワークを説明するとき、「エネルギー」という言葉をほとんど使わず、「システムの完全性」という言葉を使っていたことである。エネルギー的な領域を探求しながら、その説明には、より身体的・システム的な語彙が用いられている。

私は2025年のアドバンスト・トレーニングで、田畑さんからこのワークを学んだ(「ニュートラルに身を委ね、変化を待つこと〜YIELDワークとセッション間の変化」参照)。田畑さんはヨーロッパ・ロルフィング協会でも、肚と間合いについて教えている。

この分類について、田畑さんは、施術者が前後・左右・上下のいずれにも偏らずに立てることの重要性を書いている。重力に押しつぶされることも、上へ伸びきることもない位置を、身体的・空間的に整理する。その探究が、Ray McCallによるエネルギー的な分類への重要な貢献だと捉えている。

言語化が遅れていた領域に、身体と空間の具体的な言葉が入りつつあるのである。

なぜエネルギーの視点が必要なのか

第1回と第2回で、エネルギーワークが何を指し、ロルフィングの中でどのように位置づけられてきたのかを見てきた。では、なぜロルフィングにエネルギーの視点が必要なのだろうか。

2008年にロルフィング協会誌(以下協会誌)上で行われた対話の中で、Bob Schreiは、その理由を明確に述べている。

彼がMichael SalvesonとJeff Maitlandによるアドバンスト・トレーニングを受けたとき、ロルファーが自分たちの仕事を説明するために、鍼灸、気功、チャクラ、バイオダイナミクスなど、外部の体系を借りていることが議論になった。たとえ十数種類のエネルギー的なアプローチを学んでも、それらを寄せ集めるだけでは、ロルフィングそのものを理解するための基盤にはならない。

That led to a conversation about how Rolfing needed an energetic foundation, or energetic taxonomy, which was unique unto itself, in order for Rolfing to truly be a third-paradigm (holistic) approach.

そこから、ロルフィングが真に第三のパラダイム、すなわちホリスティックなアプローチであるためには、ロルフィングに固有のエネルギー的な基盤、あるいはエネルギー的な分類が必要だという話になった。

ここでいう「第三のパラダイム」とは、Jeff Maitlandが提示した三つのパラダイムの三つ目に当たる。第一は癒し(Relaxation)のパラダイム、第二は矯正(Corrective)のパラダイム、そして第三がホリスティック(Holistic)なパラダイムである。私はこの枠組みを、2025年のアドバンスト・トレーニングで学んだ。その内容については、「ホリスティックの治療とは何か?──『パラダイム』から問い直す」で詳しく紹介している。

ホリスティックなパラダイムでは、身体を部品の集まりではなく、さまざまな要素が影響し合う関係性の網の目として捉える。介入の目的は、問題のある部分を個別に直すことではなく、全体の秩序と調和が回復するのを助けることにある。

Bob Schreiが指摘しているのは、「全体性」を扱うと言いながら、エネルギー的な側面を除外するなら、その方法は本当の意味でホリスティックとはいえないということである。

Ray McCallは、同じことをさらに強い言葉で述べている。

Without the energetic, it would not matter whether we were accepted by the collective or not—we would no longer be practicing the holistic art of Rolfing.

エネルギー的な側面がなければ、私たちが科学の世界に受け入れられるかどうかは、もはや問題ではない。なぜなら、そのとき私たちは、ホリスティックな手段としてのロルフィングを実践していないことになるからである。

エネルギー的な側面を切り離せば、ロルフィングは数ある徒手療法の一つにとどまり、本来目指していた全体性を失ってしまう。だからこそ、エネルギーの視点が必要なのである。

三つの問いに答えるため

エネルギーの視点が必要とされるのは、理念上の理由だけではない。セッションを進めるうえでも、実際的な役割を果たす。

Ray McCallは、ロルファーがセッションに臨むにあたって、常に直面する三つの問いをアドバンスト・トレーニングで挙げていた。「どこから始めるのか」「次に何をするのか」「いつ終えるのか」という三つである。

ソースポイントセラピーを使って、身体の周囲にあるエネルギー場を手でスキャンすると、主なブロックや不連続がどこにあるかを感じ取れることがある。それだけでなく、より重要なのは、クライアントの身体が「どこから始めてほしいのか」を知る手がかりになることである。

施術者の分析だけで始点を決めるのではなく、身体が示す始点を尊重する。そのことによって、セッションは一貫して効果的になるとRay McCallは述べている。これは、決まった流れを持つ10回シリーズでも、手順の定められていない上級の仕事でも変わらない。

私たちは、身体の構造や動きを観察し、どこに問題があるのかを分析する訓練を受けている。しかし、目に見える構造や動きが、必ずしも問題の始点を示しているとは限らない。

エネルギー医学の観点では、エネルギーの状態が構造や機能に先行すると考える。たとえば、足や下腿に見られる動きのパターンや、脊柱と胸郭に現れている側弯のパターンが、実は前腕の骨間膜にあるエネルギー的な滞りから生じている可能性もある。

つまり、目に見える問題と、それを生み出している主な要因が、同じ場所にあるとは限らない。動きを妨げている主な要因が、筋膜、生体力学、神経系ではなく、エネルギー的な領域にある場合もある。

エネルギーの視点は、構造分析や動作分析を否定するものではない。それらだけでは見つけにくい「どこから始めるか」を知るために、別の情報源を加えるのである。

知覚を育てるため

Jeff Maitlandは、もう一つの理由を挙げている。エネルギーワークは、身体に耳を傾ける力を育てるという点である。

知覚がすべてだと言えば言い過ぎかもしれない。しかし、それほど大きな役割を知覚が果たしていることも事実である。エネルギーワークは、施術者の知覚を鋭くする。クライアントが何を必要としているのかを捉える能力が高まれば、それだけ仕事の精度も上がる。

Maitlandは、ここで重要な指摘をしている。一つの分類に存在する妨げは、ほかのすべての分類にも、妨げとして現れるというのである。

ロルフィングには、構造的・幾何学的、バイオメカニカル、機能的、心理生物学的、エネルギー的という五つの分類がある。これらは別々に存在しているのではなく、互いに関係している。そのため、ある分類からクライアントの状態を読み取れないと、その分だけ、ほかの分類から行う仕事の効果も限られる。

反対に、エネルギー的な分類を読めるようになれば、ほかの四つの分類から行う仕事の精度も高まる。構造や動きに働きかける場合も、症状へ直接対応する場合も、クライアントの全体像をより深く捉えられるようになるからである。

この意味で、エネルギーワークは、特別な能力を持つ人だけのためのものではない。五つの分類を統合して扱うための、知覚の訓練でもあるのである。

何をもってロルフィングと呼ぶのか

エネルギー的な働きかけをロルフィングの中に位置づけると、「何がロルフィングで、何がロルフィングではないのか」という問いが生じる。

Ray McCallは、Emmett HutchinsがIda Rolfへ尋ねた逸話を紹介している。施術者が部屋の反対側に立ち、大腰筋が伸び、骨間膜が開くことを思う。その変化が実際に起こり、相手が重力の中でより統合されたとしたら、それはロルフィングと呼べるのか。Ida Rolfはしばらく考え、「そう思う」と答えたという。

ここから分かるのは、ロルフィングが特定の技法だけによって定義されるのではなく、目的と結果によって定義されるということである。強い直接的な圧を使うか、軽い接触を使うか、あるいは離れたところから働きかけるかは、それだけでは決定的な基準にならない。

ただし、Ray McCallは歯止めも設けている。別の体系の方法を使うなら、施術者は、自分がいつその方法を使っているのかを理解していなければならない。別の歌を歌い始めるなら、クライアントへ伝える責任がある。

そして、セッションの終わりに確認すべきことがある。身体は重力と、よりよい関係を結んでいるか。重力が負担ではなく、身体を支える資源になっているか。ロルフィングかどうかを判断する基準は、そこにある。

「エネルギー的」「スピリチュアル」といった言葉は曖昧である。しかしロルフィングでは、その言葉が何を意味するかだけでなく、働きかけの結果として、身体と重力の関係がどう変わったかを確認する。判定の基準がある限り、言葉の曖昧さは致命的な問題にはならない。

同じ主題を、異なる入口から扱う

五つの分類は、互いに完全に分離しているわけではない。同じ主題を、異なる入口から扱う場合もある。トラウマ、カルマ、感情は、その代表的な例である。

心理生物学的な領域では、Peter Levineのソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing)と、Stephen Porgesのポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)がこの主題を扱う。前者は身体に残った反応を丁寧にたどり、後者は、安全と脅威に対して自律神経系がどのように応じるかを見る。私は、これらをロルフィングの基礎トレーニングで学んだ(「トラウマは出来事ではなく身体に残る」「顔の表情が安心を作る〜ポリヴェーガル理論と2つの迷走神経」参照)。

Peter Levineは、Ida Rolfから直接学んだ一人でもある。重力との関係を身体統合の基準とすること、姿勢を外見ではなく意識の表現として見ること、身体を表層の形ではなく、張力、線、流れとして観察することを彼女から受け取った。心理生物学的な領域を代表する人物が、ロルフィングの創始者の教え子だったのである。分類は後から引かれた線であり、人のところでは互いに交わっている。

エネルギー的な領域でも、トラウマ(Trauma)、カルマ(Karma)、感情(Emotion)を扱う。私がソースポイントセラピーの最終課程で学んだのも、この三つだった。

そこでは、曖昧に使われやすい言葉を改めて定義する。カルマは、輪廻転生や前世ではなく、「意志に基づく行動」という意味で用いる。すでに決まってしまったものではなく、これから選び直すことのできるものとして捉える(「4日目を迎えて──カルマとは「意志に基づく行動」のこと」参照)。

感情における健全な状態とは、特定の感情だけを持つことではない。努力せずに、一つの感情から別の感情へ移れることを指す。良い感情か悪い感情かは問題ではなく、内容を言葉で理解していなくても扱うことができる(「5日目──感情面へのアプローチと遠隔を使ったセッション」参照)。

トラウマに対しては、出来事の詳細を聞かず、正面から向き合わせることも、再体験させることもしない。出来事ではなく、身体に残されたものを扱う点は心理生物学的な方法と共通するが、その反応をたどるか、たどらずに扱うかという違いがある(「3日目を終えて──エネルギーワークの中でトラウマをどのように扱うのか」参照)。

向かう先は一つで、入口が五つあるというのは、こういうことでもある。


このシリーズは、ここで終わる。私自身がどこで、誰からエネルギーワークを学んできたのかは、地図のほうに書いている。

シリーズの全体は「エネルギーワークとは何か」にまとめている。

エネルギーワークを辿るシリーズ

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka