コロナ禍の資金と事業の組み直し

ロルフィングを仕事にして(第4回)

2020年6月、開業から5年を迎えた。その直前に、新型コロナウイルスの感染が世界に広がった。

この時期に何をしたのかを、資金の確保と、事業の組み直しの2つに分けて書いておきたい。組み直しの中で、開業から5年目にして初めて、人の手を借りて集客を考えることになった。

営業を止めた春

2020年4月7日、都内に緊急事態宣言が出た。ロルフィングのセッションは、宣言が明けるまで営業を自粛した。売上が落ち、事業を続けるための資金繰りを考える必要に迫られた。

助けになったのは、知人から届いたさまざまな情報だった。整理すると、選択肢は3つに絞られた。

  • 売上が戻るまでの資金:返済が要らない給付金と、返済が要る融資
  • オンラインでの販売や新しい事業を作るための資金:補助金
  • 生活資金に困った場合の貸付

資金をどう確保したか

5月1日、持続化給付金をオンラインで申請した。いちばん早く、5月8日に振り込まれた。毎年、確定申告をしてきたが、振り込まれた瞬間、「本当に税金を納めてきてよかった!」と思った。

税理士と相談し、日本政策金融公庫の融資と、日本商工会議所の小規模事業者持続化補助金の準備に入った。融資は、売上が落ちた分の生活費と、事業を続けるための運転資金にあてるためのものである。6月中旬に電話での審査があり、6月下旬に振り込まれた。

補助金は、新しい事業を作るためのものだった。知人の紹介で、中小企業診断士の福島美穂さんと知り合い、申請の書類を見てもらった。締め切りより早く提出し、7月22日に採択の知らせが来た。8月には家賃支援給付金にも応募した。

7月に入ると、ロルフィングのセッションは戻り始めていた。給付金の支援のおかげで、コロナ禍があったにもかかわらず、次どのようなビジネスを展開していったらいいのか?考える余裕ができた。

ロルフィングだけで、いいのか

5年目を迎えて考えたのは、ロルフィングだけに頼ることのリスクだった。次にまた同じような感染症が流行したら、どうするのか。

それまでの5年間は、ホームページからの集客も含め、人からアドバイスを聞くことはあっても、集客やセミナーの専門家に頼むことはせず、自分でいろいろと試してきた。幸運なことに、ビジネスは5年続いた。ただ、自分一人ではやり尽くした感もあった。

そこで、あえてセッションのペースを落とし、これからどう進むのかを考える時間を作った。日頃から付き合いのある人とは思い入れが強く、客観的に見られなくなっている。なるべく新しく出会った人から知恵を借りることにした。

初めて、人の手を借りて集客を組み立てた

融資と補助金のおかげで、人に依頼することができた。セミナーやオンラインの講座の中身は、野部久美さんに相談した。ホームページを使った集客の導線とプロフィールは、大野弘道さんに。デザインとロゴは、書道家の石川徳仁さんに。ホームページの制作とメンテナンスは、以前からお世話になっている切岸智紀さんに頼んだ。

野部さんとは、理想とするお客さんの像(ペルソナ)を、名前や性別、悩みまで具体的に書き出した。その人がどんな言葉で検索して、自分のセミナーにたどり着くのかも考えた。「上司とコミュニケーション」「人間関係、職場」「履歴書とキャリア」「キャリア形成」など、自分では思い浮かばなかった言葉が出てきた。

2015年にホームページのプロフィールを作ったときは、人の助言を受けずに自分で書いた。今回は、誰に向けて書くのか、何を伝えたいのか、伝えるために何を伝えないのかを意識して、何度も書き直した。

補助金の使い道は、主にオンライン化のためのホームページと中身づくりにあてた。当初は新しいホームページを1つ作る予定だったが、予算を考えて事務局に確認し、ロルフィングのホームページの改訂とあわせて2本で進めた。新しいホームページは、2021年1月に公開した。

2020年1月に始めていた講座は、4月からオンラインに切り替え、2020年からは食事と栄養のセミナーとして本格的に開くようになった。

手を広げても、売上は戻らなかった

2年後、この時期を振り返って、こう書いている。開業から3年ほどは、マーケティングを考えないまま、開業の勢いで順調に過ぎた。コロナ禍の前後から、売上高の勢いが失われ、焦りや悩みが出てきた。

そこから、理屈で考えるようになった。栄養とタロットのセミナー、ヨガのクラス、業務委託や通訳の仕事と、事業の幅を広げ、オンラインでできることを探った。幸運グッズや神社巡りも試した。けれども、一見「オンライン化」に成功しているかと思いきや、売上高を改善していく方向に働かず。給付金、融資、補助金の支援によって生き延びた、というのが実感だった。

戻ってきたもの

2021年8月から、毎日15分の瞑想を続けるようになった。考えすぎることが減り、集客がうまくいかなくても一喜一憂しない、ということが少しずつできるようになった。

逆境の中で大事にしたのは、「今の自分」を「昨日の自分」と比較し「今の他人」と比較しないことだった。昨日の自分と比べて、どれだけお客さんの役に立てたかを考える。

2022年1月ごろから、事業は大きく上向いた。5月までに、ロルフィングの対面のセッションの数が大幅に戻り、その年の後半からの業務委託も決まった。2022年の年末には、コロナ禍の影響から抜け出せた1年だった、と書いている。

このころ、7年間に10回を終えた人は約150人、体験を含めると300人近くになっていた。体験から10回に進む人を振り返ると、この人は来そうだという直感は外れることが多かった。大事なのは、「一人一人に対して、真摯に懇切丁寧に対応すること」だった。

まとめ

コロナ禍では、給付金、融資、補助金を組み合わせて資金をつなぎ、その余裕の中で事業を組み直した。初めて人の手を借り、お客さんの像と、そこへ届く言葉を考えた。一方で、手を広げること自体は売上の回復につながらなかった。戻ってきたのは、瞑想を続けて考えすぎが減り、他人ではなく昨日の自分と比べるようになってからだった。

10周年のとき、この融資についてこう書いている。「この融資は経済的な安定だけでなく、事業モデルの見直しと再設計のきっかけにもなった。」

2026年には、新しいホームページを作るため、再び日本政策金融公庫に融資を依頼した。6月ごろに承認され、9月25日に公開した。

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12年の集客と事業の記録は、ロルフィングを仕事にして──集客と事業の記録にまとめている。

この記事のもとになった記録

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka