この記事は、2019年4月から10月にかけて受けた「からだの学校【東洋医学】」の記録に、2026年9月の視点から加筆したものです。もとは氣の回と、血・水の回に分かれていましたが、三つで一組の話なので一つにまとめました。末尾に、2026年から見て何が見えるようになったかを注記として加えています。
基本物質は三つ
この記事が扱うのは、講座の2回分にまたがる。4回目(2019年7月7日)の後半が氣、5回目(2019年9月8日)の前半が血と水だった。どちらも日曜日、午前10時から午後3時まで、神奈川県の Kei.K Aroma Studio。講師は安部雅道さん。
東洋医学は、生命を維持する基本物質を三つに分ける。氣、血、そして津液である。津液は体の水分のことで、水と呼ばれる。
陽の性質を持つのが氣、陰の性質を持つのが血と津液。そして、これらを作るのが脾である。
全身の栄養を、目に見えない氣と、目に見える血の二つに分けて考える。この分け方が、東洋医学の見立ての土台になっている。
西洋医学は、代謝として見る
比較のために、西洋医学の側から見ておきたい。
人間は外から食事を通じてエネルギーを取り入れる必要がある。五大栄養素、つまり炭水化物、脂質、蛋白質、ビタミン、ミネラル。それに空気、水の流れ、そして電気の力を使って、自分の栄養にする仕組みがある。この一連の過程を代謝と呼ぶ。
代謝には同化と異化がある。
異化は、身体の中で使えるエネルギーを作ることだ。食事が口から入り、食道、胃、十二指腸、小腸へ送られる。胃酸や膵臓からの消化ホルモンの力を借りて、炭水化物は単糖に、蛋白質はアミノ酸に、脂肪は脂肪酸とグリセロールに分解される。小腸で吸収され、門脈を経由して肝臓に集められ、加工されて全身の細胞へ送られる。細胞では酸素と酵素の力で、解糖系からクエン酸回路、電子伝達系を経て、ATPという使いやすい形になる。
同化は、そのエネルギーを使って身体を作ることだ。細胞はヌクレオチド、脂質、蛋白質、糖の四つの材料からできていて、それを作るときにATPが使われる。
面白いのは、電気の存在である。心臓のポンプも、神経の指令も、電気の力で行われている。ATPを作るのも、ミトコンドリアの中の水素イオンの濃度勾配、つまり電気の流れによる。老化や動脈硬化に関わるとされる活性酸素も、電子の不足によって起きる。
西洋医学は、目に見える物質と電流をもとに考えていく。
氣を、四つの視点から見る
東洋医学の氣は、四つに分けて見ていく。原氣、宗氣、営氣、衛氣である。
原氣は元氣とも書く。生命活動の原動力となる氣で、先天の精から作られ、丹田に収められている。
宗氣は、呼吸と脈動の原動力である。肺と心を綜合する氣で、呼吸によって作られる。
営氣は、体を養い、助ける氣である。脾と胃によって作られる後天の精のうち、陰性の氣にあたる。
衛氣は、体の表面を巡り、体を守る氣である。後天の精のうち陽性の氣で、皮膚を温め、体温を維持し、毛穴を開閉し、外邪の侵入を防ぐ。
親から受け継いだ氣、呼吸と心臓の原動力となる氣、食事から取り入れた氣、身体を守る氣。西洋医学でいえば、遺伝的な背景と子宮内の環境、呼吸と循環、食事の内容、そして免疫と恒常性の維持に対応すると考えると整理がつく。
面白いのは営氣である。1日に体を50周すると考えられていて、1周におよそ30分かかる。12本の経絡を通っていく。鍼灸師が針を使うのは、外から刺すことで氣の流れを刺激し、流れるようにするためだ。同じ身体を流れるものでも、衛氣は表面を、営氣は体の中を流れる。ここに違いがある。
氣の働きは五つ
氣には五つの働きがあると教わった。
推動は、成長と発育、そして循環・呼吸・消化・排泄といった生理活動を進める働きである。四つの氣すべてが関わる。
温煦は、体を温め、体温を維持する働きだ。原氣と衛氣が関わる。
防御は、外邪の侵入を防ぐ。衛氣が担う。
固摂は、血を外へ漏らさず、汗、尿、唾液、胃液、腸液などの分泌や排泄を調節する。これも衛氣である。
氣化は、血を精に、精を血に、氣を津液に変化させる。宗氣、営氣、衛氣が関わる。西洋医学でいう代謝や排泄にあたる。
それぞれに問題があると、症状として現れる。温煦に問題があれば体が温まらない。防御に問題があれば病気にかかりやすくなる。固摂がうまく働かなければ、出血しやすかったり、多汗、多尿、鼻水が多くなったりする。
五行とのつながり
氣を五行と重ねると、それまで学んできた一つ一つが有機的につながってくる。
氣を取り入れるとき、鼻から天の氣、つまり呼吸を取り入れる。鼻は肺、金にあたる。口から地の氣、つまり食事を取り入れる。口は脾、土にあたる。そして目や耳から人の氣、つまり見ること、聞くことを取り入れる。目は肝、耳は腎である。
鼻と口は、西洋医学の代謝の考えに近い。
興味深いのは「人の氣」だった。人と接することで氣が変化する。それを目や耳から取り入れる。そして顔のパーツから内臓の状態が見える。この考え方は東洋医学に独特で、しかも便利だと思った。
氣を貯蔵するのは腎である。先天の精と後天の精を、腎が蓄える。西洋医学ではエネルギーの貯蔵を各細胞や肝臓、脂肪細胞、筋肉と細かく見ていくが、東洋では腎に注目する。
そして氣を巡らせるのが肺と肝。体の中を営氣が、体の外を衛氣が流れる。
氣は自然のリズムに合わせて動く。昼間や春夏は活動のために外側、つまり筋肉に集まる。夜間や秋冬は回復のために内側、つまり内臓に集まる。このリズムに乗れないと、朝起きられない、夜眠れないといったことが起きる。
氣に関する症状は二つある。氣が足りない氣虚と、氣の巡りが悪い氣滞である。氣虚は氣の消耗や食事の乱れから起き、悪化すると体が冷える、風邪をひきやすくなる、腹の調子が悪くなる。氣滞は悩みやストレス、体の緊張から起き、イライラ、腹が張る、喉が詰まるといった形で現れ、体に熱がこもる。
血
血は、三つの段階を経て身体の栄養になる。作られ、全身を巡り、貯蔵され浄化される。
作るときに大きな役割を果たすのが脾である。飲食物から得た後天の精から作り出すが、非常事態には、生まれ持った先天の精からも作られる。
巡るときには分担がある。押し流す役割を心と肝が担い、肺が補助する。血液を丈夫にするのが脾、血管の中をきれいにするのが肺、水分の管理をするのが腎。
そして貯蔵と浄化は、肝と胆のうが、夜寝ているあいだに行う。
面白いと思ったのは、血が汚れる原因である。動きすぎ、考えすぎ、食事の乱れ。それに加えて、外傷による内出血や、環境のバランスの乱れ。
考えすぎることと、身体を動かして使うことが、どちらも血の汚れにつながる。そして東洋では、睡眠によって血が浄化されると考える。しかし現代の生活では、規則正しく眠るのが難しい。
だから血の症状は、二つに分かれて現れることが多い。血が足りない血虚と、血が汚れている血瘀である。血虚では健忘、月経の量が少ない、周期が遅れる、不眠、夢が多いといったことが起きる。血瘀では刺すような痛み、顔色が薄黒い、皮膚がかさかさするといったことが起きる。
血の状態は、見えるところに現れる。顔色、筋肉の張り、皮膚、毛髪、爪。顔色は火、つまり心が弱っているかどうか。筋肉の張りは、血の巡りが悪いと硬くなる。皮膚は金、つまり肺と大腸。毛髪は水、つまり腎。爪は木、つまり肝。
血の状態を知ると、五行のどこに問題があるのかを見当づけられる。安部さんはそう言っていた。血が満ちていれば髪は生き生きとしているが、血が不足すると髪が細くなっていく、という話もあった。
数値ではなく、見えるところから推測していく。ここに東洋医学らしさがある。
水
水、つまり津液の働きは、全身を潤して栄養にすることと、体温の調節である。ここは西洋医学に近い。ただし、見方はやはり具体的な症状からになる。
水の状態が現れるのは、体の表面である皮膚、顔(目、口、舌、鼻)、関節の動き、内臓、そして脳(脳脊髄液)。水を含むところを一つのまとまりとして、具体的な症状で見ていく。
水も三つの段階を経る。作られ、全身を巡って潤し、不要な分が排出される。
作るときには脾と胃が大きな役割を果たす。飲食物から津液が作られる。
巡るときは、一部が血液として、一部が肺へ行き、そこから全身へ広がる。
この津液の通り道を三焦と呼ぶ。東洋医学に独特の考え方で、目に見える臓器ではない。水路を調整する役割を果たしている。体を天・地・人の三つの部位に分け、それをつなげているのが三焦である。
安部さんは、東洋にリンパの考えがないので、リンパに相当するものではないか、あるいは迷走神経の通り道に近いのではないか、と推測していた。三焦は心包とグループになっていて、自分の意思と関係なく働く自律神経に近いためだという。
いずれにせよ、東洋医学の理屈を組み立てていく上で、三焦という目に見えない臓器を想定すると便利に使えるようになるから入っているのではないか、ということだった。
三焦は三つに分かれている。上焦は横隔膜から上で、心臓と肺。中焦は横隔膜からへそまでで、脾臓と胃。下焦はへそから下で、腎臓、膀胱、小腸、大腸である。
不要な水分を排出するのは、肺、腎、膀胱。皮膚からは汗として、腎臓から膀胱に集められた水は尿として出る。体内の水は基本的にすべて腎臓が管理する。
顔のどこが滞っているかで、身体の状態が分かるのも面白い。鼻水は肺と水分の調整がうまくいっていない。目の涙は肺と腎の水の調整、といった具合である。
水が不足すると、皮膚の乾燥、口や喉の乾き、唇の割れ、便秘、不眠。水が停滞すると、むくみ、頭や体が重だるい、食欲不振、口がねばつく。
意外だったのは、水によるむくみが、湿った気候や場所よりも、食生活の乱れによって起きることが圧倒的に多いという指摘だった。
見ていく順序
血と水を扱った回の終わりに、安部さんは順序の話をした。
東洋医学で身体を見ていくときは、四つの段階を踏んだほうがいい。まず氣が巡っているかどうか。次に氣・血・水と陰陽の状態。そして五行のエネルギーがどうなっているか。最後に五臓をチェックする。
意外だったのは、五臓のチェックが最後だという点である。
ある程度、五行まで絞った段階で見ないと、いきなり五臓へ行くと混乱する。それが理由だという。
この話は、最終回の弁証へつながっていく。
2026年9月の注記
この回で学んだ順序の話が、後になって意味を変えた。
2019年の時点では、混乱を避けるための実務的な助言として受け取っている。いきなり細部を見ると分からなくなる、という程度の理解だった。
2025年のアドバンスト・ロルフィングのトレーニングで、Jeffrey Maitland の三つの問いかけを学んだ。どこから始めるか。次に何をするか。終わったとどうやって分かるか。この三つが、施術の設計そのものになっている。
最初の問い、どこから始めるかが、ここと同じ場所を指している。
ロルフィングでは、施術に入る前にボディリーディングをする。全体を見てから、どこへ手を伸ばすかを決める。IMACでは可動域を測ることから始める。どちらも、全体から入って細部へ降りる形をしている。
東洋医学の弁証も、氣が巡っているかという全体から入り、最後に五臓へ降りる。
別々のところから来た三つの体系が、同じ順序を持っていた。しかも、どれも「細部から入ると全体を見失う」という同じ警告を伴っている。
2019年には、これを東洋医学の中の話として書いている。順序が体系を越えて共通していることまでは、まだ見えていなかった。
もう一つ書いておきたい。
営氣が経絡を巡るという話を、当時はそのまま記録しただけで終えている。1日に50周、1周で30分、12本の経絡を通る。数字として書き留めただけだった。
その後、この12本の経絡が、IMACで可動域を測る対象になっていることが分かってくる。次の記事で書くが、経絡は身体の位置で並んでいる。氣が巡る道として教わったものが、測れるものとして目の前に現れた。
この講座について書いた記事
【総括】からだの学校【東洋医学】──6日間・6か月にわたる講座の総まとめ
