ヨーロッパのRolf Movement Practitionerまでの歩みについて〜認定までの道のり

はじめに

私は2017年7月から2019年12月まで、ヨーロッパ・ロルフィング協会(European Rolfing Association:ERA)が主催するRolf Movementの認定トレーニングを受講した。合計30日間の課程を修了するため、東京とミュンヘンを6回往復した。

この記事は、2019年12月に書いた総括に加筆し、2026年8月現在の視点から見直したものである。当時の記事は、トレーニングの日程を振り返ることが中心だった。今回は、各段階が何を学ぶ場だったのかという観点から、全体を組み直している。

認定制度の仕組み──認定に必要な要件や、どこで誰から学べるのか──については、別の記事「Rolf Movement Practitionerの認定をどう取るか──30日間の要件と、受ける場所の選び方」にまとめた。本記事では、私が2017年から2019年にかけてERAでトレーニングを受けた際、各段階で何を学び、何を経験したのかに焦点を当てる。

ロルファーとして認定されるまでに受けた基礎トレーニングについては、「ヨーロッパのロルファーとしての認定までの歩みについて──ヨーロッパ・ロルフィング協会・認定トレーニング」に書いた。本記事は、その続きにあたる。

Rolf Movementの成り立ちについても別の記事で詳しく扱っているが、ここでは、その背景を理解するうえで重要なことを一つだけ記しておきたい。

Moshe Feldenkraisをエサレン研究所に招いたのは、Ida Rolf本人だった。二人は互いの方法を対立するものとは考えず、それぞれのワークを受け合っていた。これは、私がSharon Wheelerから直接聞いた話である(「Bone Work – Sharon Wheeler(3)〜3日目まで:Sharonの話(1)」)。

ERAのRolf Movementにも、二人の関係について同様の説明をしている。Ida RolfとMoshe Feldenkraisは互いを知り、その仕事を評価し合っていた。そして、Ida RolfのStructural IntegrationとFeldenkraisのFunctional Integrationという、それぞれのアプローチについて議論を交わしていたという。

ERAで公開されているロルファーLea Kabirschkeの「Why not Osteopathy, Feldenkrais or Physiotherapy?」には、Feldenkraisが1976年にIda Rolfへ宛てた手紙の一節が紹介されている。

“Structural Integration and Functional Integration have more in common than the word that connects them. Indeed, in the case of humans, structure and function are meaningless, one without the other; so that when you integrate structure, as nobody else can, you improve functioning.” –Moshe Feldenkrais

構造の統合と機能の統合には、それらを結びつける言葉が示す以上に、多くの共通点がある。人間において、構造と機能は、どちらか一方だけでは意味をなさない。だからこそ、あなたが構造を統合するとき、ほかの誰にもできない方法で、機能を改善しているのだ。モシェ・フェルデンクライス

ロルフィングでは、構造を扱う基礎トレーニングとは別に、機能と動きを中心に学ぶ課程が設けられている。構造と機能を分けて学ぶことの意味を、Feldenkraisはすでに1976年の時点でIda Rolfに伝えていたことになる。

この両者のつながりは、本記事のなかで何度も現れる。

私が教わった7名のうち、三つのPartすべてに関わっていた教師は、1992年に認定を受けたフェルデンクライス・プラクティショナーでもあった。また、Part 3で3人組を組んだ参加者の一人も、フェルデンクライスの実践者だった。

したがって、フェルデンクライス・メソッドやアレクサンダー・テクニークを通して動きを探究してきた人にとっても、Rolf Movementは決して遠いところにある方法ではない。本記事は、そのような視点からも読めるものとして書き直した。

Rolf Movementの成り立ちそのものについては、別の記事「Rolf Movementはどこから来たのか──Ida Rolfから現在までの歴史」にまとめている。

なぜ受けようと思ったのか

ロルフィングの基礎トレーニングを終えたとき、私のなかには一つの課題が残っていた。

Phase IIIでは、動きをセッションにどのように取り入れるかを学んだ。しかし、手技は身につけたものの、クライアントに動きをどのように伝え、体験してもらうのかについては、自分のなかでまだ形になっていなかった。

2017年3月、Gael Rosewoodの4日間のワークショップを受講した。Rolf Movementの創成期に関わった人から、完成された理論としてではなく、具体的な実践を通して、その考え方を受け取る4日間だった(「Rolf Movementの歴史と基礎的な原理について知る」参照)。

このワークショップを通して、手技によって構造に働きかける方法とは別に、動きの側にも一つの体系があることが、はっきりと見えてきた。

同じ年の6月末には、ミュンヘンでPeter Schwind先生のワークショップを受けた。アドバンスト・トレーニングに進むための事前ワークショップという位置づけだったが、初日に違和感を覚え、3日間の受講を終えた時点で、彼のもとではアドバンスト・トレーニングを受けないと決めた(「技術をどのような目的で使うのか」参照)。

この経験によって、アドバンスト・トレーニングへ進む順序が変わった。まずRolf Movementを学ぶことにしたのである。

何を積極的に選んだかというよりも、何を選ばないと決めたかによって、その後の進路が定まった。この判断の基準については、別の記事「継続トレーニングをどう選ぶか〜講座を選ぶときに見ている4つの基準」に書いている。

私がヨガを長く続けてきたことも、この選択に大きく関係している。手技だけでなく、動きを通して身体の使い方を人に伝えることは、自分がこれからも探究し、実践し続けていく方向だと考えていた。

6回の渡航

私が実際に受講した日程は、以下のとおりである。

Part 1:10回シリーズの機能的な側面

Functional Embodiment of the 10 Rolfing Sessions
(ロルフィングの10回シリーズを、機能と動きの側から身体化する)

  • 2017年7月7日〜9日
  • 2017年8月31日〜9月3日
  • 2017年10月19日〜22日

合計11日間。担当したのは、Pierpaola Volpones先生、Rita Geirola先生、Giovanni Felicioni先生、Hervé Baunard先生の4名だった(「Rolf Movement Instructorの3人の印象とクラスの雰囲気」参照)。

Part 2:Rolf Movementの3回シリーズの設計

Strategy and Design of a Rolf Movement 3-Series
(Rolf Movementの3回シリーズをどのように組み立てるか)

2018年1月24日〜2月4日に開催された。1月27日と31日は休みで、受講日数は合計10日間だった。担当したのは、France Hatt-Arnold先生、Rita Geirola先生、Aline Newton先生、Nicola Carofiglio先生の4名である。

Part 3:Rolf Movementのグループ指導

Introduction to Leading Rolf Movement Groups
(Rolf Movementをグループでどのように指導するか)

  • 2019年10月10日〜13日
  • 2019年11月27日〜12月1日

合計9日間。担当したのは、France Hatt-Arnold先生、Rita Geirola先生、Hervé Baunard先生の3名だった(「クラスはどのように進行するか?フィードバック+クラスの雰囲気」参照)。

三つのPartを通して、最終的に7名のERAのRolf Movement教師から学ぶことになった。それぞれの教師から何を受け取ったのかについては、後の章であらためて書く。

1年8か月の空白

私は集中形式の課程を選んだが、実際にはPart 2とPart 3のあいだが1年8か月空いた。2018年4月にテレビ取材の依頼が入り、予定していたPart 3の受講を延期したためである(「テレビ取材を受けました〜「金曜プレミアム」への出演:楽な姿勢は自分で見つけることができる」参照)。

しかし、この中断は、トレーニングの流れから外れるものではなかった。

各Partは一定の間隔で開講され、課程を数年に分けて受講することも認められている。また、課程が三つに分けられているのは、教室で学んだことを実務に取り入れ、クライアントとの実践から生まれた問いを持って、次のPartへ戻るためだと説明されている。制度そのものが、受講者によって異なる時間の使い方を、あらかじめ受け入れる設計になっていたのである。

私にとって、この1年8か月は単なる空白ではなかった。Part 2で学んだ3回シリーズの設計を、実際のクライアントとのセッションで試し、自分の実践へ取り入れていく期間となった。

現在はPartの順序が異なる

なお、私が受講した当時と現在とでは、Part 2とPart 3の順序が入れ替わっている。

当時は、Part 2で3回シリーズの設計を学び、Part 3でグループ指導を学んだ。現在は、Part 2がグループ指導、Part 3が3回シリーズの設計となっている。つまり、グループ指導は、課程の最終段階から中間段階へ移された。

本記事は、順序が変更される前のカリキュラムを受講した記録である。カリキュラム変更の内容や、現在の認定制度については、別の記事にまとめている。

Part 1では何を学ぶのか

Part 1は、ロルフィングの10回シリーズを、動きと機能の側から見直す段階である。手技として学んできた10回シリーズを、身体がどのように動き、どのように組織化されるのかという視点から、もう一度たどっていく(「どのようなカルキュラムで進んでいくのか?」参照)。

Pierpaola Volpones先生が用意してくださった資料では、10回シリーズの各セッションの要点が、次の四つの軸で整理されていた。

  • General Goals:全体的な目的
  • Regional Goals:身体の各部位における目的
  • Structural Goals:構造的な目的
  • Functional Goals:機能的な目的

同じセッションであっても、構造をどう変えるかだけでなく、その変化が動きや身体機能にどう現れるのかを見ていく。

Part 1では、Rolf Movementの基本的な考え方として、四つの構造的アプローチ、四つのArticulation、そして言葉の使い方が紹介された(「基本的な考え方についての紹介」参照)。

三つの触れ方

タッチについては、三つの方法を実践的に学んだ。

Containing Touch
身体の一部を、一つの容器としてイメージしながら触れる。

Orienting Touch
身体が二つの方向へ広がる性質であるPalintonicityを意識し、空間のなかでの方向づけを伝えるように触れる。

Give Support
身体が自分で動き、組織化できるように、支えを与えるように触れる。

いずれの方法でも中心となるのは、イメージと言葉の使い方である。手で身体に何をするかというより、どのように触れ、どのような情報を相手に渡すかを学ぶものだった。

Phoric Function

Part 1では、Phoric Functionという考え方も、具体的な実践として扱われた(「動きではどこに注目するか?──Phoric FunctionとFixed Point」参照)。

ここで重要になるのが、次の二つの組み合わせである。

  • Fixed Point(固定点)またはReference Point(参照点)
  • Direction(方向)またはOrientation(向き)

身体がどこを支えとし、そこからどの方向へ動こうとしているのか。この二つを、タッチや言葉によってどのように伝えるかを学ぶ。

たとえば座っているとき、足と坐骨がFixed Pointとして働けば、そこを支えとして上半身を自由に動かすことができる。そして、身体が空間のどこへ向かうのかが定まる。

どこを支えとし、どこへ向かうのか。その組み合わせによって、動きの質が変わるのである(「動きを通じて何が見えるのか?──言葉と方向性」参照)。

10回シリーズを順にたどる

11日間のPart 1は、10回シリーズを順番にたどる形で進められた。最初にセッション1から3、次に4から7、最後に8から10を扱った。各セッションの目的に動きを取り入れ、タッチと言葉を組み合わせながら実践する方法を練習した(「身体の気づきを促すために──ゆっくり、丁寧、言語化」「身体の動きとTonic Functionをどう関連づけるか?」「身体と脳:なぜゆっくりとした動きが大事か?」「ヨーロッパでトレーニングを受けるということ」参照)。

Part 2では何を学ぶのか

Part 2は、実際のクライアントにRolf Movementのセッションを行う段階である。ロルフィングの10回シリーズとは別に、3回で構成するRolf Movement独自のシリーズを設計し、実践できるようになることが目的だった。

手を筋膜から外す

最初に、生徒同士が2人1組になってセッションを行った。

課題は、筋膜へ直接働きかける手技を一切使わず、Part 1で学んだ動きへのアプローチを中心に、40分間のセッションを組み立てることだった。用いたのは、Active Movement Participation(AMP)やγタッチなど、クライアントの動きと知覚を促す方法である(「自分の身体の状態がセッションに反映される」参照)。

γタッチという言葉の由来は、後になって知った。もともとは、胎内にいる赤ん坊を外側から動かす際に必要となる繊細さを表すために、ある医師が作った言葉だという。

Godardはこの言葉を、触れる側が、自分の手のなかに二方向の感覚を保つタッチを表すために用いた。相手の身体を感じると同時に、自分の手の甲にも意識を向けている。相手へ一方的に働きかけるのではなく、自分の身体にもとどまりながら触れる方法である。

Godard自身は、このタッチをさらに踏み込んで説明している。施術者自身の胸郭が組織化されていなければ、相手の中心線には届かない。ロルファーにとって重要な課題の一つは、セッションを行っているあいだ、自分自身の中心線にとどまることだという。

参照先に挙げた「自分の身体の状態がセッションに反映される」という記事のタイトルは、まさにこのことを示している。

筋膜へ直接働きかける手技を使わないとき、セッションには何が残るのか。それを、受ける側と働きかける側の両方から確かめる時間だった。

その後、実際のクライアントへのセッションに入った。どこを観察し、何に注意を向けるのかというガイドを受けながら、Rolf Movementのセッションを実践した(「直感と身体観察を通じて見えてくるものは・・・」参照)。

手順を渡さない

ここで、この課程の性格がはっきりと現れた。

3回シリーズを設計するにあたって、10回シリーズのような細かな手順は教えられない。「このように戦略を立て、次にこの手順で進める」という決まった型は渡されなかった。

むしろ求められたのは、慣れた方法から離れ、あえて異なる方法を試すことだった。たとえば、テーブル上で行うワークを減らし、立位を中心にセッションを進めるといったことである。

重点が置かれていたのは、クライアントに何かをすることよりも、変化が起こりうる環境を整えることだった。言い換えれば、セッションの場をホールドすることである。そこには、「必ずこうしなければならない」という手順がなかった(「いい意味での混乱+Tonic Functionについて」「クラスの雰囲気+クライアントとの関係作り」参照)。

一方で、実践を支える基礎的な考え方は、クラスの随所で共有されていた(「Territorial BodyとBody of Action」「3つの情報収集系のバランスを整えること」「Pre-movement、ヨガ、アレクサンダーテクニック」などである。

Part 2の最終日には、15人の生徒が、一人10分の持ち時間でそれぞれのEmbodimentを披露した。4人が続けて発表した後、15分間の休憩を挟むという流れで進められた(「グループにEmbodimentを披露」参照)。

Part 3では何を学ぶのか

Part 3は、一対一のセッションを離れ、Rolf Movementの考え方をグループへ伝える段階である。Rolf Movementを、動きのクラスとしてどのように開き、参加者へ届けるのかを学ぶ(「2019年10月10日〜13日(前半)、ミュンヘンで開催のワークショップに参加」参照)。

参加者は18人。私が受けた三つのPartのなかでは、最も人数が多かった。

前半の4日間

Embodimentのクラスを開けるようになるには、実際に教えてみるほかない。そこで前半の4日間には、参加者全員が10分間のクラスを組み立て、全員の前で実演した(「Embodimentのプレゼン披露。一人一人の意図と改善点を知る」参照)。

実演に先立って、六つの問いが与えられた。

  • クラスを作るプロセスは、どのようなものだったか
  • 何が簡単で、何が難しかったか
  • 何が自分の創造性を引き出したか
  • そこに、どのような意味を見いだしたか
  • 一般的な原則と、そのクラスの意味をどのように結びつけたか
  • 一般的な原則を具体的な実践へつなげるために、どのような方法を用いたか

実演の後には、三つの段階で振り返りが行われた。まず、教えた本人がクラスの目的と意図を説明する。次に、参加した生徒が、何を受け取り、どのように感じたかを伝える。最後に、インストラクターがフィードバックを行い、改善できる点を示す。

このとき、基礎トレーニングのPhase IIでGiovanni先生が配布した、フィードバックに関する資料が再び共有された(「フィードバック:トレーニングではどのようにして評価を受けるのか」参照)。

かつては、自分が評価を受ける立場として読んだ資料だった。それが今度は、他者の実践を観察し、その人に言葉を返すための手引きとして配られたのである。

見ることを学ぶ

Rita先生によるEmbodimentから、一日のクラスが始まることもあった。その際には、参加者を二つのグループに分けることがあった。一方はRitaのワークを受け、もう一方はその様子を観察する。

指導する立場からグループ全体を見る機会は、それほど多くない。自分がワークを受けるのではなく、外側から人の動きとクラスの展開を見ることで得られるものは大きかった(「クラスはどのように進行しているか?〜1日の流れ」参照)。

Rita先生によれば、人間は、教育や経験を通して「見ること」を学ぶという。内耳感覚と筋感覚がすでに身体に備わっているのに対し、何に注目し、どのように見るかは、経験によって育てられる。

セッションやEmbodimentを数多く観察することには、単に他人の方法を知るだけでなく、身体と動きをどのように見るかを身につける意味がある。

この説明の背景にある考え方を、私は後になってGodardの資料のなかに見つけた。

Godardは、自分は「名づけずに見る方法」によって形づくられたと述べ、それを「非皮質的な視線」と呼んでいる。あらかじめ言葉や分類を当てはめるのではなく、相手の身体を自分の主観的な空間へ迎え入れるように見る。そうすることで、身体を読み取ることが容易になるという。

見ることは、単なる生得的な能力ではなく、学び、育てていくものである。だからこそ、この課程では、教えることと同じくらい、他者の実践を見ることにも時間が与えられていた。

安全な場

前半の4日間で特に印象に残ったのは、3名のインストラクターが、安全に学べる場を作るためにさまざまな工夫をしていたことだった(「前半(4日間)が終了。どのような気づきがあったのか?」参照)。

失敗してもよいと思える雰囲気を作り、指示は命令ではなく提案として伝える。情報量の多さについていけなくなる人が出たときには、インストラクター自身がその生徒にセッションを行った。また、18人の参加者一人ひとりに声をかけ、孤立する人が出ないように関わっていた。

場がそのように整えられていたからこそ、私自身も失敗を恐れず、これまでとは違うことに挑戦できた。

フェルデンクライス、アレクサンダーとの関係

前半の実習で3人1組になった際、組んだ相手の一人がフェルデンクライス・メソッドのプラクティショナーだった。その縁から、フェルデンクライスとRolf Movementの違いについて話を聞く機会があった。

彼によれば、フェルデンクライスもRolf Movementも、微細な動きを丁寧に探究する点では共通している。ただし、フェルデンクライスには、Rolf Movementで扱うPhoric FunctionやTonic Function、ロルフィングの5原則といった枠組みは含まれていない。こうした原理や原則を持っていることが、Rolf Movementの特徴なのだという。

しかし、この会話を後から振り返ると、さらに考えるべき点が四つあったことに気づく。

一つ目は、Godard自身が、フェルデンクライスとアレクサンダー・テクニークの違いを、より具体的に説明していたことである。

両者は、しばしば同じ動作を課題として用いる。たとえば、椅子から立ち上がる、再び座るといった動作である。違いは、何を参照点とするかにある。

フェルデンクライスでは、床と骨盤を参照点として動きを探究する。これに対して、アレクサンダー・テクニークでは、首、胸、そして上方への方向づけを参照点とする。

つまり、比較すべきなのは、どちらに特定の内容が含まれているかではなく、動きを組み立てる際に、身体のどこを参照点とするかだった。

そしてGodardは、身体に一つの線を生み出すには、床と骨盤からの支えと、首や胸から上方へ向かう方向づけの両方が必要だと述べている。どちらか一方を選ぶのではなく、二つを同時に持つことが重要なのである。

二つ目は、アレクサンダー・テクニークが、このトレーニングのなかでも実際に扱われていたことである。

Part 2で共有された基礎的な内容の一つに、Pre-movement、ヨガ、アレクサンダー・テクニークの関係があった(「Pre-movement、ヨガ、アレクサンダー・テクニーク」参照)。動き始める前に、身体がどのような準備をしているのか。この主題を考えるために、三つのアプローチが並べて扱われていた。

三つ目は、ERAがフェルデンクライスとRolf Movementの関係を、受講生とは異なる仕方で整理していることである。

ERAによれば、Feldenkraisは、動きを通して身体への気づきを高めることで成果を上げた。一方、Ida Rolfは、まず身体の構造を空間と重力のなかで整えることに時間をかけ、そのうえで動きへ焦点を移した。

出発点と順序は異なるが、どちらの道も、身体の気づきと統合という目標へ向かう。そしてロルフィングにもRolf Movementのセッションがあり、フェルデンクライスと同様に、動きを通して気づきと統合を促すと説明されている。

ここでは、どちらに何が「あるか、ないか」で両者を分けるのではなく、構造と動きのどちらから始めるか、その順序が異なるものとして捉えている。隣の受講生から聞いた説明とは、焦点の置き方が大きく異なっていた。

四つ目は、教室の前に立っていたRita先生自身が、1992年に認定を受けたフェルデンクライス・プラクティショナーでもあったことである。

二つの方法の違いについて知りたいのであれば、隣の受講生だけでなく、両方を長年実践してきたRita先生に尋ねることもできたはずである。この点については、後の章であらためて書きたい。

後半の5日間

後半の課題は、50分間のEmbodimentクラスを一人で行うことだった。

課題は約1か月半前に提示され、Rita先生から、クラスを準備する際に検討すべきポイントがメールで送られてきた(「2019年11月27日〜12月1日(後半):何の宿題が出されているか?+教え方をどうするのか?」参照)。

そこでは、次のような点が問われていた。

  • レッスン全体をどのように構成するか
  • 内容を重力との関係にどう結びつけるか
  • 教師として、どのようなPresenceでいるか
  • どのような言葉を選ぶか(Wording)
  • 参加者に応じて、どう内容を調整するか(Adaptability)
  • グループに起きる変化へ、どう対応するか
  • クラスの流れをどのように読むか
  • 始まりから終わりまで、どのように展開するか

さらに、どのようなクライアントに適した内容か、どのような状況で行うクラスか、一回の経験として捉えるか時間をかけたプロセスの一部として捉えるか、初心者を対象とするか経験者を対象とするか、目標は自分の探究から立てるかクライアントのニーズに合わせるか、という五つの問いも示された。

並んでいるのは、ほとんどが問いである。「このように教えなさい」と答えを示す文は、一つもなかった。

受講生は事前に、レッスンのタイトルと進行案をまとめた提案書をメールで提出し、それをもとに本番の50分間のクラスに臨んだ。

18人のプレゼンテーション

後半は、毎日4人ずつ、最終日は2人がクラスを担当した。5日間で、合計18人のプレゼンテーションを受けたことになる(「クラスはどのように進行するか?フィードバック+クラスの雰囲気」参照)。

一つひとつの要素を論理的に積み上げていく人もいれば、参加者を予想できない方向へ導いていく人もいた。クラスの組み立て方も、言葉の使い方も、人によって大きく異なっていた。

そこまで多様なプレゼンテーションが生まれた背景には、心理的に安全な場が整えられていたことがある。失敗を恐れず、ある程度のリスクを取って新しいことに挑戦できる雰囲気が、それぞれのクラスに表れていた。

各プレゼンテーションの後には、フィードバックの時間が設けられた。

どこが良かったのか。何が気になったのか。そのクラスを受けて、身体に何を感じたのか。参加者からは、率直で具体的な意見が伝えられた。

Rita先生のフィードバックは、二つの点に集中していた。どのような人を対象としたレッスンなのか。その人たちに届けるために、どのような言葉を選ぶのか。

一方、France先生が中心に伝えていたのは、クラスを論理的に組み立てることだった。ある生徒が座位で行うワークを紹介したとき、座ることは重力を感じることでもある、身体のどこに重さを感じ、そこからどこが動くのか、と構造と重力の側から捉え直していた。

同じクラスを見ても、二人では注目する点が異なっていた。この違いについては、後の章であらためて書きたい。

自分のプレゼンテーション

私のプレゼンテーションは、2日目の最後だった(「プレゼンが2日目の最後に。どのように進めていったか?」参照)。

テーマに選んだのは、ロルフィングのセッション8から10までの統合である。10回シリーズをすでに終えた人を対象とするクラスとして設計した。

途中で参加者から笑いが起こり、場のエネルギーが大きく変化した。そこで、事前に考えていた進行を変更した。1か月半かけて組み立ててきた計画を、その場で起きていることを見て手放したのである。結果として、50分間を予定していたクラスは35分で終わった。

多くの参加者からは「楽しかった」という感想をもらった。一方で、10回シリーズを受けたときの嫌な記憶が戻ってきたという人もいた。涙が出そうになったという。

同じクラスを受けても、そこで何が呼び起こされるかは人によって異なる。グループクラスを提供するときには、想定していなかった反応が起こりうることを、あらかじめ念頭に置く必要がある。そのことを、この経験から学んだ。

France先生からは、クラスを締めくくる部分をより明確にしたほうがよい、可能であれば最後に参加者一人ひとりが自分の内側を見つめられる時間を設けたほうがよい、という助言を受けた。

この課程は何を渡さないのか

三つのPartを通して、教え方の性格は一貫していた。それを明らかにするには、何を教わったかよりも、何を教わらなかったかという視点から書くほうが正確だと思う。

手順を渡さない

渡されるのは、完成した手順ではなく問いである。

3回シリーズの設計には、細かな進め方が定められていなかった。Part 3の前半では、プレゼンテーションに向けて六つの問いが渡された。後半では、クラスを作るための九つのポイントと五つの考慮点が示された。

いずれも、自分で考えることを促すものだった。「この手順に従いなさい」という指示はない。

この教え方は、Rolf Movementに限られたものではない。2025年に受けたアドバンスト・トレーニングでは、Jeff Maitlandの三つの問いを受け取ることになる。決められた手順ではなく、問いを手がかりとしてセッションを組み立てるという点で、両者は同じ流れにある。

手順がないことは、何をしてもよいという意味ではない。目の前にいる人を観察し、自分で判断し、その判断に責任を持たなければならないという意味である。

自由度が高い分、セッションがどこへ向かい、どのように終わるのかが見えなくなり、不安を感じることもあった。それでも注意を向け続けることで、最終的には一つのセッションとしてまとまっていく。決まった手順がないからこそ、身体に起きている変化のプロセスを信頼することが求められた。

では、教える側は何をしていたのか。内容を細かく管理することではなく、学びが起こりうる場を保つことだった。

Godard自身も、自分の教え方について、同じことを述べている。

I have a studio, a small program. I know what I want to do, but I know it will have to be responsive to the people. I’m not hanging on to my program. I’m not hanging on to the way it should be, and I’m not keeping distance. I see what I want to do like on a horizon – but I don’t build all the space between me and the horizon. It’s a continuum, so I can meet people where they are. I don’t lose my thread, but I stay open.

自分にはスタジオがあり、プログラムもある。何をしたいのかも分かっている。しかし、それは目の前にいる人に応じて変わるものだと理解している。自分のプログラムにも、「こうあるべきだ」という形にもしがみつかない。同時に、相手から距離を取ることもしない。

自分が向かいたいところは、地平線のように見えている。しかし、自分と地平線とのあいだを、あらかじめすべて埋めることはしない。そこには連続した空間があるから、相手が今いる場所で出会うことができる。進む方向は失わないが、そこへ至る過程は開いたままにしておく。

Godardは、期待についても続けている。期待を持ちすぎれば、二人のあいだの空間は、出会う前からすでに満たされてしまう。その期待によって埋められた空間こそが、人と人との出会いを妨げるのだという。

私はここまで、この課程を教室で学ぶ側から記述してきた。Godardのこの言葉は、同じ教室のあり方を、教える側の設計思想から説明したものだといえる。

理想の身体像を渡さない

もう一つ、この課程で渡されなかったものがある。「身体はこうあるべきだ」という理想像である。

Godardは、身体に線を取り戻すときにも、理想化された自己像を作らない方法で行うと述べている。理想の自己を実現しようとすると、その努力は外在筋の働きとして現れやすいという。

Rolf Movementの第一世代にあたるGael Rosewoodも、身体に理想を押しつけることの危険を指摘している。彼女は、それをSomatic Platonismという言葉で表している。

理想的な身体像を設定すると、身体が持つ選択肢が狭まり、特定の価値の序列に従って、もともとの傾向が誇張される。Ida Rolfが長い腰椎を強調したことによって、少なからぬ人の身体が傷ついたともRosewoodは述べている。

Godardは、同じ危険を教える側の問題としても捉えている。動きの専門家やボディワーカーは、自分が動きを経験する仕方を、他者にも当てはめてしまいやすい。自分自身の身体の物語を、生徒やクライアントに投影してしまうのである。

Rita先生が繰り返し問いかけていたのも、この点だった。

誰に向けて教えるのか。その人にどのような言葉を選ぶのか。一人ひとりが、自分の文化的背景に根ざした言葉の使い方を持っていることを、どう考慮するのか。

これらの問いの根には、教える側の理想や物語を、相手の身体に押しつけないという考え方がある。

教える側が、内容と同じことをしている

30日間の課程は、三つのPartに分けられている。PartとPartのあいだには、教室で受け取ったものを実務で試し、そこで生まれた問いを次のPartへ持ち帰る時間が置かれている。一度にすべてを終えるのではなく、経験を自分の実践へ組み込みながら進む設計である。

後半の50分間のプレゼンテーションでも、課題が出されてから本番までに約1か月半の準備期間があった。

その時間は、単に発表内容を完成させるためだけのものではない。自分が何を伝えたいのか、誰に向けたクラスなのか、どのような言葉を使うのかを考え、実際に試しながら組み立てるための時間だった。

課程全体が、答えを急いで出すのではなく、経験が身体と実践になじむのを待つように設計されていた。その大きな構造が、1か月半の課題のなかにも繰り返されていたのである。

同じことが、教える側の振る舞いにも現れていた。

Part 3で求められるのは、Rolf Movementのクラスをグループに向けて開くことである。そして、将来自分が生徒にどのような場を提供するのかを、まず自分自身が、教えられ方を通して経験するようになっていた。

後半に示されたポイントには、教師としてのあり方であるPresenceと、言葉の選び方であるWordingが含まれていた。技術や手順だけでなく、教える人がどのような状態でその場に立ち、どのような言葉で相手と関わるかが問われていたのである。

生徒の探究する余地を残すよう求める教師たちは、自分たちもまた、受講生に答えを与えすぎず、探究の余地を残していた。

教えている内容と、その内容を教える方法が一致していたのである。

理論は、試せる形で渡される

理論が教えられないわけではない。

Tonic Function、Phoric Function、Pre-movement、Territorial BodyとBody of Action。実践を支える理論は、トレーニングの随所で共有されていた。ただし、完成した知識として説明され、覚えるように求められるのではない。その場で自分の身体を使い、確かめられる形で渡されていた。

たとえばRita先生は、視覚は学習によって育てられる感覚であると説明するとき、生徒自身の身体をそのまま実験の場にした。理屈だけで説明するのではなく、注意の向け方によって身体や動きがどう変わるのかを、その場で経験させた。

この教え方も、Godardの実践まで遡ることができる。

Godardはワークショップで、合気道の「曲がらない腕」を実演していた。また、参加者に立位で脚を上げてもらい、仙骨を支えながら上方への方向を与え、同時に身体の重さを感じてもらうという実演も行っていた。その条件が整うと、股関節をより大きく屈曲できることを、その場で示したのである。

さらにGodardは、こうした現象を筋電図によって検討した研究についても報告している。

前腕を伸ばしたまま外から加えられる抵抗に耐える課題では、特別なイメージを与えない場合、拮抗筋である上腕二頭筋にも活動が現れた。

一方、「指が壁まで伸びていく」「指先から光の束が出て壁へ届く」とイメージすると、検者が感じる抵抗の力は3倍から4倍になり、上腕二頭筋の筋電図活動はほとんど見られなくなった。ところが、身体と壁とのあいだに障害物を置き、空間への投射を妨げると、上腕二頭筋の活動が再び現れたという。

これは、Godardがミラノの国立がん研究所で行った筋電図研究として紹介しているものである。

理論を、まず身体で確かめられる形にして渡す。その教え方は、その場で思いついたものではない。身体、注意、イメージ、空間の関係を、実践と研究の両方から確かめようとしてきた積み重ねの上に成り立っていたのである。

どのような教師から学んだのか

三つのPartを通して、7名の教師から学んだ。

Pierpaola Volpones先生、Rita Geirola先生、Giovanni Felicioni先生、Hervé Baunard先生、France Hatt-Arnold先生、Aline Newton先生、Nicola Carofiglio先生である。

このうち何人かには、ロルフィングの基礎トレーニングでも教わっている。それぞれの経歴をたどると、Rolf Movementがどのような人たちによって受け継がれてきたのかが見えてくる。

入口と出口にいた人

Rita Geirola先生は、Part 1からPart 3まで、三つのPartすべてに関わっていた。

それだけではない。2014年8月、基礎トレーニングのPhase Iが始まった最初の週に、Movementを担当したのもRita先生だった。そして2019年12月、私にRolf Movement Practitionerの認定証を渡してくださったのもRita先生である。

ロルフィングの教育に入ったときと、Rolf Movementの認定課程を終えたとき。その入口と出口の両方に、同じ教師がいたことになる。

Rita先生の経歴を見ると、Rolf Movementの成り立ちそのものが、一人の人物のなかに重なっていることが分かる。

出発点は、体育学とメジエール法だった。1987年にCertified Rolfer、1992年にフェルデンクライス・プラクティショナー、1997年にRolf Movement Practitionerの認定を受けている。Hubert GodardとPeter Levineの両方に学び、フェルデンクライスの視点が自分の仕事の土台にあると、本人も書いている。

Part 3で、3人1組になったフェルデンクライスの実践者に、フェルデンクライスとRolf Movementの違いを尋ねたことは、前章に書いた。しかし、そのとき教室を進めていたRita先生自身が、すでに両方の方法を内側に持つ人だった。

動きが先か、手技が先か

France Hatt-Arnold先生は、Part 2とPart 3を担当した。

Rita先生とは、Rolf Movementへ入った順序が逆である。

France先生は、1986年にRolf Movement Practitionerとなり、その4年後にロルファーの認定を受けた。動きが先で、手技が後だった。一方、Rita先生は1987年にロルファーの認定を受け、その10年後にRolf Movement Practitionerとなっている。こちらは、手技が先で、動きが後だった。

入口は逆だったが、二人はどちらもHubert Godardに学んでいる。France先生は、Godardのもとで20年間学んだという。

それでも、二人が教えるときの方向は明確に異なっていた。

Rita先生が繰り返し問うたのは、誰に向けて教えるのか、その人にどのような言葉を選ぶのかということだった。France先生が重視していたのは、クラスを論理的に組み立てることと、始めたものを明確に締めくくることである。

Rita先生は、受け取る人の側からクラスを見る。France先生は、クラス全体の構造と展開の側から見る。

同じGodardの理論を背景に持ちながら、異なる入口からRolf Movementに入り、異なる方向から生徒に言葉を返していた。

手技とMovementの両方を教えた人

Giovanni Felicioni先生は、Part 1を担当した。

基礎トレーニングでは、Phase IのTouchの週と、Phase IIの全期間を担当している。手技を教わった教師が、Rolf Movementの課程にもいたことになる。

Giovanni先生はロンドンでロルフィングとヨガを提供しながら、触れること、動き、気づき、観想の関係を30年にわたって探究してきた。その探究を通して、GodardによるTonic Functionの発展にも20年以上関わっている。

Giovanni先生のフィードバックの方法は、Marshall Rosenbergの非暴力コミュニケーションに基づいている。その中心にあるのは、観察した事実と、そこに加えた評価を区別することである。

Part 3で再び配布されたフィードバックの資料は、もともとGiovanni先生が基礎トレーニングで渡してくれたものだった。

1980年代の課程を知る人

Pierpaola Volpones先生は、Part 1を担当した。基礎トレーニングの後には、Phase IVにあたるSupervision Workshopでも教わっている。

Volpones先生は、1980年代にミュンヘンでトレーニングを受けた。当時の課程は、Audit(観察)9週間とPractitioner(実践)9週間という、二つの段階に分かれていたという。

Auditの期間には、施術を一切行わなかった。テキストも写真もなく、手技を練習することもない。ひたすらセッションを観察する形だったと聞いた。

Part 3で、クラスを受けるグループと、それを外側から観察するグループに分かれたとき、観察に大きな時間を与えるという考え方は、その場で生まれた工夫ではないことが分かる。身体を見る力を育てるという教育の方法は、この課程の古い層から受け継がれていたのである。

Godardの理論を五つの因子として渡した人

Aline Newton先生は、Part 2を担当した。

1984年にロルファーの認定を受け、1990年からGodardに学んでいる。

Newton先生は、Godardの考えを次の五つの因子として整理し、私たちに渡してくれた(「いい意味での混乱+Tonic Functionについて」参照)。

  • 組織(Tissue)
  • 知覚と認知
  • 思考と言語
  • 意味とシンボル
  • 協調

それまで断片的に受け取っていたGodardの考えが、私のなかで一つの理論として動き始めたのは、このときだった。その経緯については、次の章で詳しく書く。

教師の人数は限られている

Nicola Carofiglio先生は、Part 2を担当した。

2026年現在、基礎トレーニングのLevel 1にある三つのMovement講座のうち、二つをCarofiglio先生が担当し、残る一つをRita先生が担当している。

つまり、Part 2で私が教わった4名のうち2名が、現在は基礎トレーニングの入口でMovementを教えていることになる。

ERAでRolf Movementを教える教師の人数は、決して多くない。そのため、Rita先生のように、一人の教師が基礎トレーニングの入口からRolf Movement認定の出口まで関わることが起こる。

私が7名から学んだという事実は、単に多くの教師を自由に選べたことを意味するのではない。限られた人数の教師が、複数の段階を担いながら教育を支えていることも示している。

Hervé Baunard先生は、Part 1とPart 3を担当した。フランス出身の教師である。この方については、次の章であらためて書く。

それぞれの経歴と教え方を並べると、Rolf Movementが一人の理論家や一つの方法だけで作られているのではなく、複数の身体的背景と教育の系譜が重なりながら伝えられていることが見えてくる。

そこから何を受け取ったのかを、次の章で考えたい。

誰から受け取ったのか

教えられたことと、自分が実際に受け取れたことは、必ずしも一致しない。

Godardの理論が私のなかで初めて動き始めたのは、4人目の教師から学んだときだった。

2014年、Giovanni先生から理論として説明されたが、そのときは理解できなかった。2016年にはパリでGodard本人からメンタリングを受けた。2017年にはGael Rosewood先生から、体系的な説明ではなく具体的な実例を通して学んだ。そして2018年、Aline Newton先生から五つの因子に整理された体系として受け取った。

理論の源流に近い人からは実例として受け取り、そこから下流にいる人からは体系として受け取った。その中間にいた最初の教師から教わったときには、まだ自分のものにすることができなかった。

なぜ、4人目だったのか。そこには二つの見方がある。

言語という条件

一つ目は、言語の問題である。

Part 1とPart 3を担当したHervé Baunard先生は、フランス出身の教師だった。このことの意味を考えるようになったのは、認定を受けた日の個人面談である。

その場には、Rita先生、France先生、Hervé先生の3名がいた。3人はそろって、Rolf Movementで学んだ内容を自分のなかで消化するには時間がかかる、と伝えてくれた。3人ともHubert Godardから直接学んだ教師である。

France先生は、フランス語圏であるスイスのジュネーブで開業している。Hervé先生はフランス人である。Rita先生はイタリア人だが、長年Godardに学んできた。Giovanni先生もAline先生も、フランス語を理解する。

Godardの理論は、まずフランス語で受け取ることのできる人たちを通して、私のところまで伝わってきた。そう考えると、私の理解に時間がかかった理由を、言語の壁によって説明したくなる。

しかし、その言語の壁の向こう側にいる3人自身が、「消化には時間がかかる」と言っている。

Rolf Movementの理論は、30日間の課程を終えた時点で、すべて理解できるものではない。教室で受け取ったものを実践へ持ち帰り、時間をかけて自分の身体と仕事のなかで確かめていく必要がある。3人が伝えていたのは、そういうことだった。

渡す側がどこまで組み直していたか

もう一つの見方は、教える側が、受け取ったものをどこまで咀嚼し、他者に届く形へ組み直していたかということである。

Aline先生の仕事には、後になって知った奥行きがあった。

トレーニング中、Godardの理論に関する資料が何度か配布された。そのうち二つは、Aline先生が書いたものだった。

一つは、1992年に『Rolf Lines』へ掲載されたGodardへのインタビューである。もう一つは、1995年に同誌へ掲載された、Godardの考えについての概説だった。

1992年のインタビューで、Aline先生は自分の立場を明確にしている。1990年の年次大会でGodardに出会い、その後、6日間のクラスを2回受講した。そして、この対話をGodardの仕事への「入口」として提示したいと書いている。

1995年の概説でも、同じような断りを置いている。そこで紹介できるものは、非常に豊かで複雑なアプローチへの入口にすぎないという。

Aline先生は、1990年にGodardの仕事を受け取り、1992年にはインタビューとして、1995年には概説として、他者へ渡す形を作った。そして2018年、その体系を私たちに教えた。

同じ人が、受け取った理論を理解し、整理し、別の人へ届ける仕事を、28年間続けていたことになる。

私が4人目で初めて受け取れたのは、私の準備が整ったからだけではない。渡す側が、それだけの時間をかけて、理論を届く形に組み直していたからでもある。

言語だけでは説明できない

言語が理解を左右するという見方には、明確な反例がある。

Monica Caspari(1953–2019)という、ブラジルのロルファーである。1989年にロルファーの認定を受け、その後30年にわたって、世界各地でロルフィングとRolf Movementを教えた。構造と動きを一つの体系として学ぶdual certificationの課程を設計した人物でもある。

Caspariは、フランス語圏の出身ではない。それでもGodardと交流し、その知覚理論を深く学んだ。そして、Godardによる膨大で複雑な探究を、世界各地のRolf Movementの学生にとって理解しやすく、近づきやすいものへ組み直した。日本を含む、多くの国で教えている。

Caspariにとって構造と動きが切り離せないものだったのは、理論を整理した結果だけではなかったように思える。その考え方に先立って、他者の身体に関わってきた長い経験があった。

ロルファーになる前の19年間、Caspariはドゥーラ(注:妊娠中から出産、産後にかけての母親やその家族を精神的・身体的に支える専門サポーター)として、人が生まれる場に立ち会っていた。また、25歳のとき、死を目前にした兄弟から「何かしてほしい」と頼まれ、背中をさすることで眠りへ導けることに気づいたという話も伝えられている。

他者の身体を、自分の身体を通して感じ取り、必要な働きかけを見つける。その実践の形が、理論よりも先にあったのである。

Caspariと私のあいだには、間接的な接点もある。

2017年3月に私が4日間教わったGael Rosewood先生は、1991年、ブラジルで最初に行われたRolf Movementのトレーニングを共同で教えた人物である。そして、そのトレーニングの受講生の一人がCaspariだった。

言語や文化の違いは、理解を難しくする条件にはなる。しかし、渡す側が受け取ったものを十分に咀嚼し、相手に届く形へ組み直すことで、その違いを越えることもできる。

Caspariはその一つの例であり、Aline先生もまた、別の形で同じ仕事をしていた。

系譜は一人のなかで重なっている

何かを受け取れるかどうかは、言語だけでも、どの流派に属しているかだけでも決まらない。

7名の教師を並べてみると、そもそも一人ひとりを単純な系統のラベルで分けることが難しいと分かる。

Rita先生のなかでは、ロルフィング、フェルデンクライス、Peter Levineから学んだことが重なっている。France先生のなかでは、Rolf Movementと手技が、一般的な順序とは逆に重なっている。Giovanni先生のなかでは、手技、Movement、ヨガ、非暴力コミュニケーションが結びついている。

基礎トレーニングの総括でも、教師を一つの系統だけで捉えることはできないと書いた。Rolf Movementのトレーニングでも、同じだった。

誰から学ぶかを、流派の名前だけで決めることはできない。

そして、教わったものを受け取れるかどうかは、学ぶ側の準備だけに左右されるのでもない。教える側が、自分の受け取ったものをどこまで深く消化し、目の前の人に届く形へ組み直しているか。それによっても、大きく変わるのである。

認定とその後

2019年12月1日、ミュンヘンのERAで、Rolf Movement Practitionerの認定を受けた。

2017年7月7日に始まったトレーニングの30日目。すべての課程を終える最終日だった。

個人面談

最終日の午前8時15分から、Rita先生、France先生、Hervé先生の3人と個人面談を行った(「トレーニング修了、亀のマインドとウサギ脳の違い、ゆっくりと学ぶことの意味」参照)。

France先生からは、Contralateral、つまり身体の左右を対角線上に協調させる動きを、もう少しセッションに取り入れ、そのスキルを高めるとよいのではないかという指摘を受けた。

Contralateralの動きは、ロルフィングのセッション8から10までの統合を扱う際に、非常に重要になる。その後の実践につながる、貴重な助言だった。

面談の中心となったのは、クラスを今後どのように改善し、どの部分をさらに伸ばしていけばよいのかという話だった。

スキルは向上しているので、このままMovementへの取り組みを続けるとよいと言っていただいたことが、大きな励みになった。

亀のマインド

Part 1を受けていたとき、Giovanni先生からGuy Claxtonの『Hare Brain, Tortoise Mind』を勧められ、トレーニング期間中に読んだ(「トレーニング修了、亀のマインドとウサギ脳の違い、ゆっくりと学ぶことの意味」参照)。

Claxtonは、素早く反応する心や、論理的に問題を処理しようとする「ウサギ脳」に対して、時間をかけて物事を受け取り、理解が形になるのを待つ働きを「亀のマインド」と表現している。

科学上の発見や創造的な洞察も、意識的に答えを急いでいるときではなく、問題から少し離れ、時間をかけて考えが熟していくなかで生まれることがある。その意味で、亀のマインドはウサギ脳とは異なる強さを持っている。

私は30日間の課程を、2年5か月かけて受講した。

分からないことに混乱しながら、直感を使い、ときには答えを急がず、起きていることに身を委ねながら、少しずつ内容を消化していった期間だった。

「ゆっくり考えることには強さがある」と説く本を、まさにそのような時間のなかで読んでいたことになる。

認定式

最終日は、残る2人のプレゼンテーションを終えた後、認定式が行われた。

参加者は三つのグループに分かれ、簡単なゲームも行った。30日間の課程を締めくくる日は、緊張したものではなく、和気あいあいとした雰囲気のなかで進んだ。

密度の濃いトレーニングがすべて終わり、ほっとしたことを覚えている。

認定後の実践

認定を受けてからは、ヨガのクラス、通常のロルフィングのセッション、10回シリーズ終了後のメンテナンス・セッションに、Rolf Movementの考え方と実践を取り入れている。

特に大きかったのは、10回シリーズを終えたクライアントに対して、同じプロセスを動きの側からあらためて伝えられるようになったことである。

それまでは主に手技を通して伝えていたことを、言葉、イメージ、タッチ、動きを使って伝えられるようになった。伝える方法が増えたことで、目の前のクライアントに合わせて、その人に届きやすい方法を選べるようになった。

Rita先生が繰り返していた問いは、認定を受けた後も残り続けている。

誰に向けて教えるのか。その人に、どのような言葉を選ぶのか。

それは、Rolf Movementのクラスだけでなく、現在の私のセッション全体を支える問いになっている。

おわりに

30日間のトレーニングを終えて、最も強く残っているのは、決められた手順を渡されなかったことである。

ロルフィングの10回シリーズには、明確な順序がある。基礎トレーニングでは、その順序が持つ意味を理解し、プロセスを信頼することを学んだ。

一方、Rolf Movementでは、あらかじめ決められた順序のないところから、目の前の人に合わせてセッションやクラスを組み立てることを求められた。

与えられた順序を信頼することと、順序のないところから自分で構成すること。その両方が必要だったのだと、いまは思う。

これからドイツ・ミュンヘンをはじめ、日本やほかの国でRolf Movementのトレーニングを受けようと考えている方にとって、本記事が少しでも参考になれば幸いである。

認定に必要な要件や、どこで誰から受講できるのかについては、制度をまとめた別の記事「Rolf Movement Practitionerの認定をどう取るか──30日間の要件と、受ける場所の選び方」を参照していただきたい。

参考文献・リンク

  • Aline Newton「An Interview with Hubert Godard」Rolf Lines, Winter 1992
  • Aline Newton「Basic Concepts in the Theory of Hubert Godard」Rolf Lines, March 1995
  • Caryn McHose「Interview with Hubert Godard: Phenomenological Space」Contact Quarterly, Summer/Fall 2006
  • Hubert Godard 序文、Caryn McHose and Kevin Frank How Life Moves: Explorations in Meaning and Body Awareness, North Atlantic Books, 2006
  • H. Godard et al.「Neurophysiological Study of the E-motion」ミラノ国立がん研究所リハビリテーション科ほか
  • Kevin Frank「Rolf Movement® Integration: An Historical Overview through an Interview with Heather (Wing) Starsong and Gael (Ohlgren) Rosewood」Structural Integration, June 2012
  • Pedro Prado and Heidi Massa「Remembering Monica Caspari」Structure, Function, Integration: Journal of the Dr. Ida Rolf Institute, Vol. 48, No. 1, March 2020
  • Guy Claxton Hare Brain, Tortoise Mind
  • European Rolfing Association「Rolf Movement™」(rolfing.org)
  • Lea Kabirschke「Why not Osteopathy, Feldenkrais or Physiotherapy?」European Rolfing Association ブログ(rolfing.org)

ロルフィングの学びについて書いた記事

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka