2020年12月19日(土)。コロナ禍で、Go To トラベルが一時中断している中、午前6時20分の羽田空港発、午前7時30分伊丹空港着のANA便で、今年最後の大阪へ伺うことになった。
目的は、TEN〜the space for your Life & Body主宰のロルファー・佐藤博紀さん(以下ヒロさん)が開発した独自のメソッドの一つ、IMAC(Integrative Movement Assessment & Conditioning)を学ぶためだ。
2015年3月にミュンヘンでロルフィングの基礎トレーニングを修了し、ロルフィングのセッションを2年間提供していく中で、色々な課題が見えてきた。
ロルフィングのトレーニングで学んだこと、深められたことは沢山あるが、一番学んだのは、「感覚」と「身体のバランス」だった。ロルフィングは、欧米発祥のボディワークの一つなので、一見、解剖学を含めた科学が重要視されると思うのだが、
トレーニング期間中には、
「解剖学の教科書は参考程度に見るように」
と言われ続けていた。
おそらく、その理由として
「人を機械として見てしまい、他の大切なシグナルを見逃してしまう」
からなのでしょう。
2年間セッションの経験を積んでいくと、
「身体の中でどのような変化が起きているのか?」
解剖学や生理学の知識を深めていくと、闇雲に体にアプローチしていくのではなく、全身の状態を把握するために、どのような評価をしていったらいいのか?明確になり、施術でとりこぼしていったことも少なくなっていくことに気づく。
私が、ロルフィング10回シリーズを受けたのが、2013年12月〜2014年3月。その時のロルファーが伊藤彰典さん。伊藤さんの師匠にあたるヒロさんは、アスレティックトレーナーとしてのバックグラウンドや身体についての様々な知識が豊富で、2015年のロルフィングの基礎トレーニングを終えた2015年5月に初めて大阪で出会う。
その後、ヒロさんが主催するトレーニングに何度か参加する機会に恵まれるが(2015年12月から2016年4月にかけて、イントロ編・上肢編・下肢編を受講)、生理学・細胞学はわかっていても、解剖学は全く異なる世界。ロルファーの資格を取ってからの3年ほどは、ヒロさんのトレーニングを受けても、全く頭に入ってこなかった。2016年4月の下肢編を最後に、しばらく受けるのをやめている。
2018年のIMACのAdvanced Coursesの一つ、内臓編を受講した時に、身体の変化を解剖学の視点から頭に入ってくるようになった。それがきっかけとなり、2019年にBasic Courses、2020年にAdvanced Coursesを受講していく。
ちなみに、IMACは、BasicとAdvancedの2つの段階から学べるような仕組みになっている。
Basicのコースでは、全体的な評価(EROM)や四肢、筋骨格系を中心とした基礎(上肢編、下肢編)を学び、Advancedのコースでは、実践的な内容(脊柱・内臓編、頭頸部編)へと進み、より細かい手技を学んでいく。
Basicの3つ(EROM、上肢、下肢)とAdvancedの2つ(脊柱・内臓、頭頸部)を修めると、めでたく最後の統合編に参加できる。
今回参加したのは、最後の統合編だった。5つのIMACのクラスを全て受けた12名(半数以上は再受講)が臨んだクラスで、今まで学んできたことの総復習をし、手技を深める機会になった。
IMACの面白さは、西洋の科学(解剖学、生理学)から、東洋思想・医学を見ていくことにある。
ポイントとなるのは、筋骨格系の可動域で、可動域を評価することで、東洋医学にある、経絡や臓器の状態を把握することができる。ロルフィング、ソースポイントの施術のBEFORE/AFTERの評価だけではなく、メガネ、携帯電話からの影響も調べることができる。現に私もプリズム入りメガネによって影響を受けることがわかった。
西洋医学は、多くの人たちを集めていくと、平均値に近づいていくという前提で作られている(このことは、数学的に証明されているので、このような考えになるのでしょうが・・・)。
血液検査によって身体が異常か正常かの判断や、薬の治療や投与の仕方もそうだ。
平均から離れているか否かで見る。
前提となるのは
「一人一人の身体は同じだということ」
実際は、
「一人一人の体質や違いを前提に考えなければ説明できない」
ことの方が多い。
両親から受け継いだ遺伝子もそうだし、育った環境や食事、どのような薬を使ってきたのか?によっても変化する。
だからこそ、
「一人一人にあった形での施術」
が必要になってくる。
「一人一人の違いを見るために、身体をどう評価するのか?」
東洋医学の20種類の経絡(奇経八脈、十二正経)の繋がりをIMACの方法を使って筋骨格系の可動域で評価すると、身体の状態が深く理解できる。
ヒロさんが提供しているIMACは西洋の解剖学や生理学から東洋医学を見るところが面白く、東洋の叡智(チャクラ、奇経八脈、十二正経)が世界共通言語である科学の言葉で語ることができるのが素晴らしい。
最終的に、経絡へアプローチし、20種類の経絡がすべて通ることで、身体内の交通整理が行われ、断捨離がすすんでいく。
まさに
「心と身体はつながっている」
ということ。
IMACでは、可動域を改善していくために、東洋医学の相生関係や、関係するツボに磁石をおくといった方法が取られるが、筋膜へのアプローチを強くやらなくても、緩んでいくのが面白い。
結果的に
「身体が自分で答えを見つけ出して、自然と治癒していく」
ことが期待される。
統合編では、すでに知っている知識を深めていくクラスになったが、
- 1)奇経八脈は、胎児から新生児になっていく過程の発生学に深く関わっており、特に身体の真ん中の軸(ミッドライン)の形成に関わっている。12の経絡へのアプローチの前に、奇経八脈へのアプローチを行うと、身体の改善の進み方が早いことに気付かされた。
- 2)手技や理論を学ぶと、その知識に振り回されてしまうが、大事なのはニュートラル・中庸。如何にして、自分はニュートラルになり、相手が自分で解決するきっかけを与えることができるのか?が重要。
- 3)チャクラと20種類の経絡との意外な関係。20種類の経絡を整えていくと、身体のマインドやバランスへいい影響を及ぼし、判断力や行動力が増していくこと
といった発見があった。
私自身、ボディワークと分子生化学のアプローチからいくと、自然治癒力が高まっていくと考えていくので、IMACの評価方法を使って、サプリメント(ビタミン、ミネラル)が身体にどのような影響を与えていくのか、来年以降、調べていけると面白い。
過去5年間、ヒロさんから、正しい評価方法(理論)と観察力の2つが重要であることを学んだので、来年以降は、手技よりも観察力を磨くことを目標に、ロルフィングのセッションが提供できればと考えている。
ぜひ、自分の健康を経絡の状態から知りたい方、身体の状態を整えていきたい方には、恵比寿までお越しいただければと思う。
シリーズの記事
- IMAC(1)〜身体の評価と解剖学を中心としたワーク〜イントロ編〜関節・筋肉の可動域を使ってどう身体を評価するか?
- IMAC(2)〜上肢編〜可動域・筋テスト・筋膜へのアプローチをどの順番で行うのか
- IMAC(3)〜下肢編〜「緩める」ではなく、情報が届いていない場所を探す
- IMAC(4)〜内臓と筋肉〜筋肉の働きが内臓にどう影響するのか?
- IMAC(5)〜EROM〜基礎的な可動域の評価の仕方について学ぶ
- IMAC(6)〜下肢編〜解剖学と東洋の経絡の接点:可動域から何がわかるのか
- IMAC(7)〜上肢編〜可動域と経絡:内臓の状態、自律神経を含めた整え方について学ぶ
- IMAC(8)〜脊柱・内臓編〜発生学をベースとした脊柱・内臓の見方を学ぶ
- IMAC(9)〜頭頸部編〜頭頸部から見た経絡から身体を整える方法を学ぶ
2026年9月の注記
5年かけて、全部のコースを修めた回になる。2015年12月のイントロ編から、2020年12月の統合編まで。途中で2年半離れ、Basicのコースは二度受けている。
この回で、20種類の経絡が揃う。奇経八脈の8つと、十二正経の12。
そして、この記事には西洋医学について書いた箇所がある。多くの人を集めていくと平均値に近づいていくという前提で作られている、血液検査も薬の投与も平均から離れているか否かで見る、前提となるのは一人一人の身体は同じだということだ、と。
いまは、そうは書かない。
統計学は、物事をモデル化して考える方法だ。集団について何が言えるかを組み立てる。そのとき、一人一人の違いは分散として扱われる。個から離れることは、モデルの欠陥ではなく、モデルがモデルであるための条件になる。
前職で扱っていたのは、まさにそれだった。医学研究の9年と、製薬でメディカル・マーケティングに携わった11年。有効性がどう証明されるのか、その設計がどう組まれるのかを、内側から見ていた。集団に対して何が言えるかを組み立てる仕事だった。
だから当時も、統計が何をしているかは分かっていたはずだ。それなのに「一人一人の身体は同じだという前提」と書いている。
この言い方の出所が、後になって分かった。
2015年9月、斎藤素子さんのプラーナーヤーマの連続講座で、西洋医学と東洋医学の違いについて聞いている。西洋医学は疑問から分析へ、そして推論という順で診断する。東洋医学は受容から観察へ、そして経験。西洋医学は大多数に共通するものを正常とし、平均値を用いる。東洋医学は個人ごとに正常を判断する必要がある。
IMACのイントロ編を受ける3か月前のことだった。しかも斎藤さんを紹介してくれたのは、ヒロさんだった。
5年後にこの記事で書いたのは、自分で考えた枠組みではなかった。受け取ったものを、そのまま使っていた。
ただ、受け取ったときの形と、5年後に書いた形は少し違っている。斎藤さんが言ったのは、西洋医学が平均値を用いるということだった。この記事は、そこから「一人一人の身体は同じだという前提」まで進めている。用いる道具の話が、前提の話にすり替わっている。
言葉を受け取って使っているうちに、少しずつ形が変わっていく。そういうことが起きたのだと思う。
セッションを重ねると、同じ手順で同じところに触れても、返ってくるものが人によって違う。同じ人でも、日によって違う。集団について言えることと、目の前の一人に起きることは、別の層にある。
それはモデルが間違っているという話ではない。モデルは集団を説明するために作られていて、目の前の一人を説明するためには作られていない。両方が要る、というだけのことだった。
そう書けるようになるまでに、6年かかっている。
東洋の側についても同じことがある。この記事は、東洋の叡智が科学の言葉で語れることが素晴らしい、と書いている。可動域を取ると経絡の状態が見える。その驚きが、そのまま文章になっている。
いまは、見えることと、効いていることは別だと分かる。可動域が変わるのは観察できる。それが何によって起きたのかは、また別の問いになる。
前の月の脊柱・内臓編の注記に、物理学的な見方が少数派だと知ったうえで、そちらに一理あると考えるようになった、と書いた。その慎重さが、この回の文章には出ていない。新しく手に入れたものを、まだ測っている途中だったのだと思う。
もうひとつ。この記事は、身体が自分で答えを見つけ出して自然と治癒していくことが期待される、と書いている。
いまなら、身体が自分で整う方向に向かう、と書く。整うことと治ることは別のことで、後者は約束できない。
ただ、書いた内容そのものが間違っていたとは思わない。可動域が改善する場面は実際にあったし、筋膜へのアプローチを強くやらなくても緩むことも起きていた。見ていたものは確かで、それを言い表す言葉が追いついていなかった。
そして、これは西洋の側の限界だけの話ではない。
東洋医学のほうには、モデル化とロジックが弱いという別の限界がある。だから、万人に向けて説明するときに言語化しにくい。分かる人には分かるが、分からない人には届かない。当時「素晴らしい」と書いたその叡智も、そのままでは他人に渡せない。
ヒロさんがやっているのは、そこだと思う。可動域という、誰が測っても同じように取れるもので、経絡という分かりにくい現象を判定できる形にしている。東洋の側の弱いところを、西洋の道具で補っている。
集団を説明するモデルと、目の前の一人を見る目。どちらか一方ではなく、両方を持って初めて、その人に向かえる。
この記事の最後に、来年からは手技よりも観察力を磨くことを目標にしたい、と書いている。
その方向は、そのまま続いている。
