呼吸をもう一度──科学から見る 第2回(全4回)
本記事は「呼吸をもう一度──科学から見る」シリーズ全4回の第2回である。本シリーズは、ロルフィングのセッションを8年提供してきた時点で、科学的な知見の側から呼吸を書き直したものにあたる。2015年、基礎トレーニングの期間中に書いた呼吸シリーズ全4回とは、立っている位置が違う。第2回では、横隔膜が心臓と脳へつながっていく道筋を扱う。
呼吸と横隔膜
私が1回目のセッションを始めるときに、「呼吸するときに、吸う方と吐く方とどちらが、やりずらいですか?」を聞き、肩、胸の前後、脇の左右を意識させる。
この質問って「呼吸の筋肉をどれだけ使っているのか?」ことでもある。
実は、呼吸において「横隔膜」と肋骨と肋骨の間にある「肋間筋」が動くことで、呼吸が深まる(他の筋肉があるがここでは、この2つに絞る)。ロルフィングの1回目は、主に「横隔膜」の動きを感じることのできるセッションになっている。
「横隔膜」を整えると、呼吸がより感じられやすくなるが、それだけではない。
- 1)横隔膜は心拍数へ影響を及ぼすことができる
- 2)脳の指令で「横隔膜」を動かすが、その指令に影響を与えることができる
- 3)呼吸法(ボックスブリージング)によって脳から「横隔膜」への指令が大幅に改善できる
以下、横隔膜の動きが改善することによるメリットについてまとめたい。
息をする、吐くを意識する〜呼吸の意識で、心拍数を変えることができる
横隔膜は、肋骨の下にあるドームのような筋肉で、胴体を肺・心臓のある「胸部」と腸・肝臓など他の臓器のある「腹部」に分けている。要は、息を吸うと、肺に空気が入り、その圧力で横隔膜が下がる。逆に息を吐くと、肺から空気が出て、横隔膜が上がる仕組みになっている。


呼吸は「心」に大きな影響を与えることができる。
「集中したい場合は、吸う方を長く、リラックスしたければ、吐く方を長くする」
なぜならば、
「息を吸うと、心拍数が増え(自律神経の交感神経が活性化)、息を吐くと、心拍数が減る(同神経の副交感神経が活性化)する」
からだ。
このように、呼吸の動き(横隔膜の動き)は、心拍数=心に大きな影響を与える。
原理的にはこうだ。
息を吸うと、横隔膜が下がる。実は、横隔膜は、心臓と筋膜で繋がっている。このため、横隔膜が動けば、心臓も動く。横隔膜が下がることで、心臓が下に引っ張られ、心臓が少し広がる。心臓内には血液が流れているが、引っ張られてることで、流れが遅くなる。心臓のペースメーカーの働きをする「洞房結節」から脳へ。
「血液の流れが遅くなったよ!」
という情報を脳に送る。脳は、その情報を元に
「血液の流れを早くせよ!」
つまり、心拍数を増やすようにという指令を心臓へ送り、心拍数を増やす。要は、息を吸うことで、心拍数が上がるのだ。
逆に、息を吐くと、横隔膜が上がり、心臓が少し狭まる。
「血液の流れが早くなったよ!」
という情報を脳に送る。脳は、その情報を元に
「血液の流れを遅くせよ!」
つまり、心拍数を減らすようにという指令を心臓に送り、心拍数を減らす。要は、息を吐くことで、心拍数が下がるのだ。
人間は、呼吸をしているため、必然的に「心拍」が変動する。脈が遅くなったり、早くなったりする。心拍の変動を調べる指標の一つにHRV(Heart Rate Variability、心拍変動)が知られている。HRVは「自律神経の状態」を調べることができ、アスリートの世界では注目されている。
HRVが高い場合は、副交感神経優位、HRVが低い場合は、交感神経優位になると考えるとわかりやすい。スマホでアプリも発売されているので、もしご興味がありましたらチェックください。
脳からの指令で「横隔膜」が動く〜どの神経系を使っているのか?
人間の意思で動かすことのできる筋肉(随意筋)は、骨格筋で、脳からの指令によって動かすことができる。一方で、心臓などの内臓は平滑筋と呼ばれ、これらは自律神経によって支配。人間の意思で動かすことができない(不随意筋)。参考に、横隔膜も脳からの指令によって動く。
呼吸をするときに、脳の中でも「脳幹」という部分が関わっている。
呼吸に関わる部位として、二つの場所が知られている。
- 1)Pre-Bötzinger complex(PreBötC)(頭の後ろの首周辺、脳幹の「延髄腹外側部」の網様体にある)
- 2)Parafacial nucleus(傍顔面神経核、PFN)(脳幹の「延髄腹外側」の後台形核にある)
前者を同定したのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のJack Feldman教授らである。1991年のことだ。すぐ隣にあるBötzinger complexに因んで名づけられたのだが、そのBötzingerという名前自体が、1980年にドイツで開かれた学会の晩餐で出たボッツィンガー・ワインから来ている。
後者は、新生ラットの標本で、顔面運動核の下に二相性の前吸息性の放電を示す神経細胞として記述された。2003年の報告である。ただしこの細胞群そのものは、1987年の仕事まで遡る。
PreBötCは「呼吸のリズム」、つまり、息を吸って、吐いて、というリズムを整える神経である。就寝している時、呼吸に意識を向けていない時などに働く。米国で話題になったオピオイド中毒(痛み止めで処方される、中毒になり、死者が出ていることで米国で話題になっている)、例えば、フェンタニルやオキシコドンなどは、PreBötCのオピオイド受容体に結合。オピオイドの過剰投与により、呼吸の停止を招いてしまう。
PFNは「呼吸のリズム」以外の呼吸に関わっている。例えば、2回息を吸って、2回息を吐く、もしくは息を止める時等。つまり、意識的に呼吸を行うときにPFNが動き出す。それ以外にも、声を出す、笑う、運動するとき、レム睡眠の時等も。PFNは、顔面神経の近くに位置しているため、顔面神経と共同で働き、顎をリラックスさせ、舌を緩める効果や、発声しやすくなる。
ただし、ここは書いておきたい。PFNが何をしているのかについて、見方は一つに定まっていない。吸息のマスター・オシレーターだという報告があり、呼息のマスター・オシレーターだという報告があり、その両方だという報告がある。上に書いたのは、そのうちの一つの読み方にすぎない。脳幹のこの領域は、いまも動いている場所だ。
呼吸法・ボックスブリージング〜リラックス効果
この考え方がわかると「ボックスブリージング(box breathing)」の呼吸法の意味が理解できると思う。
ボックスブリージングには以下の、4つのステップからなる。
- 1)ゆっくりと息を吸う(4秒)
- 2)息を止める(4秒)
- 3)ゆっくり息を吐く(4秒)
- 4)息を止める(4秒)
これを2〜3分繰り返す。
呼吸の時間を何秒にするか、については、判断する方法がある。息を目一杯吸って、息をゆっくりと吐き、その時間を測定することだ(二酸化炭素を排出できる量)。
- 20秒よりも少なかった場合は(二酸化炭素の耐性が低い)、3
- 25秒〜45秒の場合は(二酸化炭素の耐性が中ぐらい)、5〜6
- 50秒よりも長かった場合は(二酸化炭素の耐性が高い)、8〜10
この数字がボックスブリージングの秒数となる。
この測り方と数字は、スタンフォード大学のAndrew Hubermanが二酸化炭素耐性テストとして紹介しているものだ。ただし、同じ人の説明の中にも、区分の違う版がある。20秒以下なら回復が足りていない、30〜60秒ならもっと負荷をかけられる、65〜120秒なら神経系がよく回復している、という分け方だ。一つに定まった数値ではない、ということは押さえておきたい。
血中に二酸化炭素が不足すると、せっかく息を吸うことで取り入れた酸素を体内が利用することができなくなる(細胞に酸素が取り入れられなくなる)。二酸化炭素の耐性が弱いと、酸素が体内で利用されにくくなっている可能性が高い。
この呼吸法は、息を止めるのでPFNへ刺激を与える。そのことで、リラックスする、冷静さ、ストレスに対処しやすくなる、睡眠が深まるという効果などがある。しかも、この呼吸法により、普段の呼吸にも大きな影響を与えることが可能だ。実際、脳への指令によって横隔膜が動くが、ボックスブリージングを行うと、脳の中の神経のつながりに変化が起き、より指令が伝わりやすくなると言われている。
まとめ
今回は、横隔膜について、心拍数、呼吸、脳ととの関係についてまとめさせていただいた。
横隔膜は、筋膜を通じて心臓につながり、心臓は洞房結節を通じて脳につながる。そして脳幹の二つの核が、そのリズムを支えている。息を吸って吐くという一往復のあいだに、これだけの経路が動いている。
呼吸をもう一度──科学から見る(全4回)
- 第1回:吸いすぎている身体──二酸化炭素が足りなくなるということ
- 第2回:横隔膜は心臓とつながっている──呼吸と心拍、脳幹の二つの核(この記事)
- 第3回:顎は、呼吸で作られる──口呼吸と歯並び
- 第4回:身体の内側にも、センサーがある──迷走神経と内受容感覚
2015年、基礎トレーニングの期間中に書いた呼吸シリーズは、こちらにある。
呼吸シリーズ(全4回)
- 第1回:息を吐くのに力はいらない──呼吸と意識・無意識
- 第2回:横隔膜は頭蓋骨とつながっている──呼吸と内臓の配置
- 第3回:姿勢が崩れると呼吸が変わる──伸筋・屈筋と斜角筋
- 第4回:吸気型の身体、呼気型の身体──重力から呼吸を見る
2026年9月の注記
この記事を書いたのは2023年5月で、本文の中で「実は、横隔膜は、心臓と筋膜で繋がっている」と書いている。新しく紹介するような書き方をしているが、これは2015年に自分で書いていたことだった。
2015年2月、基礎トレーニングのPhase IIIの期間中に書いた「横隔膜は頭蓋骨とつながっている──呼吸と内臓の配置」で、横隔膜は結合組織を通じて頭蓋骨、背骨、心臓とつながっている、と述べている。経路まで書いてある。心臓は前方縦隔靭帯を通じて鎖骨や頭蓋骨へつながり、背骨へはCruraと呼ばれる部分を通じてつながる。参考にしたのはAline NewtonとPeter Schwindの仕事だった。
同じ解剖から、二つの記事は別の方向へ進んでいる。
2015年が向かったのは、配置のほうだった。頭が前に傾けば前方縦隔靭帯に引っ張られ、腰椎や胸椎の湾曲が変わればCruraに引っ張られる。その結果、横隔膜の腱中心の動きが狭まり、呼吸に影響する。つながっているということは、姿勢が呼吸を変えるということだ、という筋で書いている。
2023年が向かったのは、心拍のほうだった。横隔膜が下がれば心臓が引かれ、洞房結節が脳へ情報を送り、脳が心拍数を変える。つながっているということは、呼吸が心拍を動かすということだ、という筋になっている。
どちらも間違っていない。ただ、2023年に書いたときには、8年前に同じ場所から出発していたことに気づいていなかった。本文に使っている図も、2015年の記事で使ったものをそのまま持ってきている。
出発点は同じで、進んだ先が違った。8年のあいだに、何を見るようになっていたのかが、その差に出ている。
