呼吸をもう一度──科学から見る 第1回(全4回)
本記事は「呼吸をもう一度──科学から見る」シリーズ全4回の第1回である。本シリーズは、ロルフィングのセッションを8年提供してきた時点で、科学的な知見の側から呼吸を書き直したものにあたる。2015年、基礎トレーニングの期間中に書いた呼吸シリーズ全4回とは、立っている位置が違う。第1回では、呼吸の量そのものを扱う。
呼吸〜吸う方と吐く方とどちらが楽か?
私が1回目のセッションを始めるときに「呼吸するときに、吸う方と吐く方とどちらが、やりずらいですか?」を聞く。
次に肩、胸の前後、脇の左右を意識させ、「どこの筋肉で呼吸をしていますか?」を問いかける。
クライアントは、意外と多くの筋肉を使って「呼吸」をおこなっていることに気づく。
さらにいうと、「世の中的には、呼吸をしすぎている人が多い!」のだ。
この事実が意外と知られていない。
呼吸のし過ぎ〜鼻呼吸よりも口呼吸から
1日に摂取する水や食べ物の適正量が決まっているように、呼吸にも理想的な量がある。食べ過ぎが健康に良くないのと同じように、呼吸のし過ぎは、身体に悪影響を及ぼすのだ。
「呼吸」が多いのをどう判断したらいいのか?
例えば、
- 口呼吸(日常生活・睡眠中)
- いびきをかく、呼吸が止まる(睡眠中)
- 呼吸の動きが目で見え、腹の動きよりも胸の動きの方が大きい(安静時)
- ため息が多い(たまにならばOK、頻繁ならば慢性的な呼吸過多)
- 自分の呼吸音が聞こえる(安静時)
- 鼻詰まり、倦怠感、ふらつき、めまい(呼吸過多が原因となる症状)
等があれば「呼吸過多」の可能性が高い。
ボーア効果〜ある実験室で見つかったこと
人間は、酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出すことを、1日25,000回、繰り返す。身体には、酸素は必要だが、たくさん取り込まれればいいわけではない。
血中で酸素を運ぶのはヘモグロビンだ。ヘモグロビンが酸素をどれだけ強く抱え込むかは、血液の酸性度と二酸化炭素の濃度によって変わる。二酸化炭素が増えると抱え込む力が弱まり、酸素は組織へ渡りやすくなる。減ると抱え込む力が強まり、渡りにくくなる。
これを発見者に因んで「ボーア効果」と呼ぶ。
1904年、コペンハーゲン大学のクリスチャン・ボーアが、2人の弟子カール・ハッセルバルヒ、アウグスト・クローグと連名で発表したものだ。クローグが考案した精密な装置を使い、全血における酸素の平衡曲線の全体を初めて測定した。彼らは当時の通説を確かめようとしていたのだが、測ってみると曲線は通説の形ではなくS字を描いていた。そして同じ実験から、酸素への親和性が二酸化炭素の圧力によって逆向きに動くことが見えた。
この論文は、肺の毛細血管では二酸化炭素が失われるので酸素の取り込みが促され、末梢の毛細血管では二酸化炭素が加わるので酸素の放出が促される、と指摘している。
3人のうちクローグは、この16年後にノーベル生理学・医学賞を受ける。そしてクリスチャン・ボーアの息子が、原子模型のニールス・ボーアである。
どのくらい効くのか
面白いのは、この効果の大きさが、条件によってまるで違うことだ。
通常の動静脈の差の範囲で、ボーア効果を遮断したときに酸素の荷降ろしが減る分は、およそ8%にとどまる。ヒトでボーア効果単独が酸素の放出を高めている分を見積もった研究では、1.3%という数字も出ている。
ところが条件を振ると、話が変わる。二酸化炭素分圧が40mmHgの血液は、酸素分圧が100から20へ下がるあいだに酸素の69%を手放す。同じ条件で二酸化炭素分圧が5mmHgしかない血液は、その2.3分の1しか手放さない。ボーア効果を完全に取り除いた計算では、酸素の放出量は22分の1になる。
つまり、日常の範囲では効きは小さく、極端な方へ振れると急に大きくなる。
もう一つ、あまり知られていないことがある。ボーア効果は、酸素よりも二酸化炭素の運搬のほうにずっと大きく効いている。同じ遮断をしたとき、酸素の荷降ろしが8%減るのに対して、二酸化炭素の積み込みは47%減る。二酸化炭素を運ぶための仕組みが、ついでに酸素の渡し方も調整している、と読むほうが実態に近い。
ここは押さえておきたい。ボーア効果は、酸素が渡るか渡らないかのスイッチではない。渡りやすさを動かす調整だ。酸素の荷降ろしそのものを決めているのは、血液と組織のあいだの酸素分圧の勾配のほうである。
息を吸いすぎると、何が起きるのか
では、呼吸が多いと何が起きるか。
血中の二酸化炭素が余計に放出され、濃度が下がる。ボーア効果の向きからいえば、ヘモグロビンは酸素をより強く抱え込むようになる。ただし、それだけで倦怠感やめまいが説明できるわけではない。数字を見たとおり、通常の範囲での効きは小さいからだ。
実は、もう一本の筋道がある。
脳の血管は、二酸化炭素の分圧の変化に非常に敏感だ。過換気で動脈血の二酸化炭素分圧が下がると、脳の抵抗血管の周囲のpHが変わり、血管が収縮する。その結果、脳への血流そのものが減る。
その効きは大きい。二酸化炭素分圧が1torr下がるごとに、脳血流がおよそ2%低下する。
臨床では、この機序が逆向きに使われている。外傷性脳損傷で頭蓋内圧が上がったとき、意図的に過換気させて二酸化炭素分圧を下げ、脳の細動脈を収縮させて血流と血液量を減らし、頭蓋内圧を下げる。呼吸を増やすことが、脳の血流を減らす手段として成立してしまうわけだ。
起立性の不調を抱える患者を対象にした研究では、過換気によって脳血流の速度が落ちて症状が悪化し、二酸化炭素を再び吸わせると2分以内に改善している。
ふらつき、めまい、倦怠感。これらは、酸素が組織に渡らないという以前に、脳へ届く血液そのものが減ることから来ている。
二酸化炭素と血液の酸性度
二酸化炭素には、もう一つの役割がある。血液の酸性度(pH)の調整だ。
血液のpHは7.35から7.45という狭い範囲に保たれている。この均衡は、肺と腎臓によって保たれる。血液がアルカリ性に傾けば、二酸化炭素を残す方向、つまり呼吸を減らす方向へ。酸性に傾けば、二酸化炭素を出す方向、つまり呼吸を増やす方向へ動く。
では、何が血液を酸性に傾けるのか。
パトリック・マキューンは『トップアスリートが実践 人生が変わる最高の呼吸法』(原題 The Oxygen Advantage)で、加工された酸性形成食品を食べることで血液が酸性に傾き、その結果として呼吸が重くなる、と書いている。現代人が呼吸をしすぎる理由の一つとして、食事を挙げているわけだ。
実は、ここは確からしさの段階が違う。
血中のpHが狭い範囲に保たれ、肺と腎臓がそれを保っていることは、確立した生理学だ。一方で、食事がその範囲を動かすという部分は、積み上がりが薄い。酸性食を使った無作為化比較試験では、全身のpHの変化は0.014単位にとどまり、大きく動いたのは尿のpHのほうで、1.02単位だった。健常者では、食事は血中のpHを意味のある幅で動かさない。
マキューン自身も、この部分を断定していない。加工された酸性の食品が悪い呼吸習慣を招くのか、それとも悪い呼吸習慣が加工された酸性の食品への渇望を招くのか、と問いの形で残している箇所がある。
呼吸のし過ぎという主題そのものは、ここで崩れない。崩れるのは、その原因として食事を挙げた一本の線だけだ。
鼻から吸うということ
呼吸過多の一番簡単な解決方法は、口呼吸から鼻呼吸にすることだ。そのことで、呼吸のし過ぎを予防することができる。
ジェームズ・ネスターさんの「BREATH:呼吸の科学」には、面白い実験が紹介されている。
ネスターさんは、肺炎と気管支炎に悩んでいたこともあり、医師から呼吸のクラスを勧められる。そこで、ネスターさんは、ある実験を行う。左右の鼻腔を「シリコン栓」で塞ぐ人体実験をご自身で行う。スタンフォード大学の鼻科学の研究者の監督下で、10日間、口だけで呼吸をして暮らし、その後の10日間は鼻だけで呼吸をした。
驚くべきことに、いびきが一晩数秒だったのが、一晩4時間に変化、無呼吸症状、ストレスも過多、自律神経も不調、睡眠不足等、様々な症状が出たのだ。そして鼻呼吸に戻した期間で、それらは元へ戻っていった。
このように口呼吸には様々な弊害があり、鼻呼吸を行うことがすごく大事になる。

ロルフィングでの呼吸の改善
そして、ロルフィングでは、1回目に呼吸というのはどういうものか?セッションを通じて体感いただける内容になっている。
さらに、疲労しない筋肉を中心に整えていくため、身体が疲れることなく呼吸に集中できるようになる。
最後に、横隔膜も動くようになるので、健康に必要な内臓も動けるようになるのだ。そして、内臓が動くようになると、身体感覚も使える準備が整った感覚を掴める。
まとめ
今回は口呼吸と鼻呼吸、呼吸のし過ぎに関して、情報をシェアさせていただいた。
呼吸が多いと何が起きるのか。二酸化炭素が減ると、ヘモグロビンは酸素を強く抱え込む。そして脳へ向かう血管が細くなる。前者は思ったより小さく、後者は思ったより大きい。1904年にコペンハーゲンで測られたことと、いま分かっていることのあいだには、それだけの幅がある。
呼吸をもう一度──科学から見る(全4回)
- 第1回:吸いすぎている身体──二酸化炭素が足りなくなるということ(この記事)
- 第2回:横隔膜は心臓とつながっている──呼吸と心拍、脳幹の二つの核
- 第3回:顎は、呼吸で作られる──口呼吸と歯並び
- 第4回:身体の内側にも、センサーがある──迷走神経と内受容感覚
2015年、基礎トレーニングの期間中に書いた呼吸シリーズは、こちらにある。
呼吸シリーズ(全4回)
- 第1回:息を吐くのに力はいらない──呼吸と意識・無意識
- 第2回:横隔膜は頭蓋骨とつながっている──呼吸と内臓の配置
- 第3回:姿勢が崩れると呼吸が変わる──伸筋・屈筋と斜角筋
- 第4回:吸気型の身体、呼気型の身体──重力から呼吸を見る
2026年9月の注記
この記事を書いたのは2023年4月で、呼吸のし過ぎという主題に、パトリック・マキューンの『トップアスリートが実践 人生が変わる最高の呼吸法』とジェームズ・ネスターの『BREATH 呼吸の科学』から入っている。どちらも、酸素ではなく二酸化炭素のほうを見よ、という本だ。
同じ着眼点を、8年前に一度受け取っていた。
2015年11月、斎藤素子さんのプラーナーヤーマ連続講座の2日目に、呼吸について次のように教わっている。血液の二酸化炭素濃度が増えると呼吸中枢が刺激され、呼吸の回数が増えていく。プラーナーヤーマは酸素濃度ではなく二酸化炭素濃度に注目するので、その点の理解が大切だ、と。
このとき、もう一段先の話も聞いていた。感情やストレスによる身体の緊張は、神経を介して呼吸中枢に作用し、呼吸が速く浅くなる。その変化がさらに筋緊張を高め、交感神経が優位になる。プラーナーヤーマの実践は、血中の二酸化炭素濃度が高い状態で、呼吸をゆっくり深くしていくことに身体を馴染ませていく。二酸化炭素が高濃度でも副交感神経優位のリラックス状態へ持っていけるように訓練するところに、意義がある。
本記事が扱ったのは、二酸化炭素が足りなくなるとどうなるか、までだった。足りている状態でどう過ごすか、という側は入っていない。8年前に聞いていたのは、そちらのほうだった。
当時の記録には、講座で説明のあったウジャーイの呼吸についても書いてある。喉を引き締めて気道を狭くすることで、余計な力を使わずに長い時間をかけて息を吐くことができる。もう一つ、頸部の喉を引き締めると首が固定され、鎖骨や肋骨といった他の部分が動員されて、働くべき筋肉が働くようになる。呼吸の量を減らす方向という点では、本記事の主題と同じ場所を指している。
出所の違うものが同じ場所に着いた、というより、一度受け取ったものを別の入口からもう一度受け取り直した、というほうが近い。2023年の時点で、その重なりには気づいていなかった。
