4回目で床との接触面から中心へ向かう入口ができると、5回目では背骨の前側に入る。扱うのは腸腰筋、内臓、そして横隔膜だ。
5回目の位置づけ
4〜7回目は中心軸を扱う第2フェーズにあたる。4回目が内転筋と骨盤底で足場を作る回だったのに対し、5回目はそこを経由して身体の前側へ入り、上半身までを通していく。
この回は、呼吸と歩行がより深い層で出会う回でもある。1回目で呼吸を、2回目で歩行の土台を扱い、3回目で両者が出会った。5回目では、その出会いが横隔膜と腸腰筋という深層で起きる。呼吸するたびに動く場所と、歩くたびに働く場所が、同じ場所だからだ。
深層のセッションがどういう性質のものかは、別の記事にまとめている。
腸腰筋とは何か
腸腰筋は、大腰筋と腸骨筋(小腰筋を含めることもある)からなる。背骨(腰椎)の前側から始まり、骨盤を通って、大腿骨の小転子に付く。背骨と脚を直接つないでいる、数少ない筋肉だ。
位置としては、身体の重心、いわゆる丹田のあたりにある。姿勢を保つうえでも、歩くうえでも要になる場所だ。股関節を曲げる・伸ばす動きに関わり、腿を持ち上げるときに働く。大腰筋が働きにくくなると、歩きや走りに影響が出て、つまずきやすくなる。
これだけの役目を担いながら、奥にあるため自分で触れることが難しい。だからこそ、意識が向かうことで動きが戻る、という手立てが必要になる。
縮んだ腸腰筋が、支えてきたもの
腸腰筋が縮んでいる身体を、直すべき不具合として扱わない。
一つには、座る時間の長さがある。椅子に座っている姿勢は、股関節が曲がったまま固定される姿勢だ。1日の大半をその形で過ごせば、その形が身体の初期設定になる。腸腰筋は、その生活に合わせて自分の長さを決めている。
- なぜ長時間座ると身体に悪いのか──内臓脂肪・慢性炎症・ストレスの科学
もう一つ、この場所には別の役目もある。
腸腰筋は横隔膜とつながっており、この位置は太陽神経叢として知られる場所にあたる。身体の前面のいちばん柔らかい部分で、内臓が集まっている。危険を感じたとき、人は前に丸まってここを守る。怒りや恐れが強く残るような経験があると、この付近が動きにくい傾向があるのは、そのためだと考えられる。実際、腸腰筋が働きにくい状態の方に出会うことは少なくない。
トラウマをボディワークにどう扱うかを学んだワークショップでも、身体が取った反応はそのまま組織に残ると教わった。腸腰筋の短縮は、その典型的な現れ方の一つになる。
守るために縮んでいたものを、緩めろと迫っても動かない。5回目にすることは、守らなくてよい条件を作ることになる。
なお、太陽神経叢をマニプラチャクラとして扱う体系もある。信頼、おそれ、自尊心といったキーワードが挙げられる場所だ。ただしチャクラはロルフィングの理論から出てきたものではない。同じ場所を別の入口から見ている記述として扱っている。
内臓との関係
「腸腰筋」という字が示すとおり、この筋肉は腸と近い位置にある。
たとえば、便が滞りやすいとされるS状結腸は、腸腰筋のすぐ内側にある。腸腰筋が硬くなると、その周辺の動きにも影響が出ると考えられる。
腸だけではない。腸、腎臓、肝臓、脾臓、膵臓、膀胱、胃、生殖器といった内臓は、呼吸に合わせて動いている。この動きが保たれていることが健康の条件だといわれる。横隔膜が動けば、肝臓や胃もそれに伴って動く。

腸腰筋の周辺には内臓が並んでおり、横隔膜と連動することで、内臓にマッサージのような働きかけが生まれる。内臓が動きやすい環境が整うわけだ。さらに腸腰筋のそばは大動脈や神経の通り道でもあり、循環や神経の通りにも関わる。
腹筋の鍛えすぎが招くこと
大腰筋が働くためには、腹筋、特に腹直筋とのバランスが要る。
体幹を鍛えることが広く勧められ、見た目のために腹直筋を鍛える方も多い。ただ、これが大腰筋を働きにくくすることがある。次のような順序で考えている。
- 肋骨の下と骨盤を結ぶ腹直筋が強くなりすぎる
- その内側にある内臓が、動くための空間を失う
- 内臓が動きにくくなり、さらに内側の大腰筋が圧迫される
- 大腰筋が働きにくい身体になる
自分の練習でも同じ指摘を受けたことがある。ロルフ・ムーブメントのトレーニングで、ヨガのバンダの使い方が可動域を狭めている、と言われた。締め付けるという訳語が、そのまま身体の使い方になっていた。長く続けてきた練習ほど、こうした癖は残る。
身体の前面だけでは解けない。前と後ろが互いに引き合うことで支えが成り立つという考え方を、ロルフィングではPalintonicity(2方向性)と呼ぶ。腹筋と大腰筋の関係は、その典型的な例だ。
腹という場所
腹に触れる回であることには、別の側面もある。
腹は、外見について最も語られる場所だ。こうあるべきという形のイメージが、身体のどこよりも強く働いている。セッションで腹に触れると、その話が出てくることがある。緩めたくない、見られたくない、力を抜いたら形が崩れる。
腹筋を固める癖の背景に、こうした思いがあることは珍しくない。前の節で腹直筋の使いすぎを書いたが、それは筋力の話であると同時に、身体をどう見せたいかの話でもある。
だから5回目は、進め方に注意が要る回になる。呼吸に触れ、腹に直接触れるので、少しずつ入り、身体の反応を見ながら進める。4回目と同じく、境界の問題が再び出てくることもある。
腹を動かすという方向
ヨガには、腹を意図的に動かす技法がある。ナウリという。
息を吐ききって腹を引き上げ、腹直筋を左右に分けて回旋させる。ティーチャー・トレーニングで学び、プラーナーヤーマの講座でも扱った。指導者のもとで習うもので、独習には向かないので、やり方はここでは書かない。
ここで挙げるのは、腹に対する向きが2つあるということだ。
一つは締める向き。バンダの使い方として学ぶもので、私はこれを取り違えていた。締め付けるという訳語のまま身体を使い、可動域を狭めていた。
もう一つが動かす向きだ。ナウリは、腹の中は動かせるものだという前提に立っている。腹壁を固めた状態では成立しない。
そしてナウリは、腹の奥にあるものを、外から触れずに動かす技法でもある。腸腰筋には直接触れられないと先に書いたが、動かす道は触れることだけではない。5回目のセッションでしていることと、向きは同じになる。
自分の練習でこれを知っていたことが、セッションの理解を早めたとは言える。腹は固める場所ではなく、動く場所だ。
腸腰筋と横隔膜、そして副交感神経
腸腰筋と横隔膜には、副交感神経との関わりがある。この2つの筋肉は、どちらも背骨の前側に付いている。
背骨の前側という位置が要点だ。心膜を支える組織も、同じく背骨の前側に付いている。

これらが一斉に緩むと、自律神経のバランスが副交感神経へ傾く。5回目のセッションで深く眠ってしまう方が多いのは、この深層への働きかけによるところが大きいと見ている。
ロルフィングが自律神経系に及ぼす影響は、基礎トレーニングでも一つの主題として扱われた。手技そのものよりも、身体がどの状態にあるときに変化が起きるのかという問いに関わる。
セッションの冒頭で観ているもの
冒頭のBody Reading(立ち方や歩き方の観察)で見ているのは、次のような点だ。
- 立位で骨盤が前傾しているか、後傾しているか
- 肋骨の下端と骨盤の上端の距離
- 呼吸が腹部まで届いているか、胸で止まっているか
- 腿を持ち上げる動きが、腰から起きているか、腿の前で代償しているか
- 腹部に触れたときの緊張の質
5回目に整えていく条件
腸腰筋そのものを押し込むことはしない。周辺の筋肉が緩み、動くための空間ができると、腸腰筋は自ずと動きはじめる。
深層へのアプローチに共通する原則がここでも働く。適切な刺激が届けば、身体は「ここだ」と感じる場所へ自ら向かう。施術者はニュートラルでいて、その道案内に徹する。
この回で、身体が受け取る情報
5回目にしていることを、腸腰筋をリリースした、内臓に働きかけた、と手技で説明すると、実際に起きていることから離れる。
受け取っているのは、前面を固めて守らなくてよいという情報だと考えている。腹部に空間があり、内臓は呼吸に合わせて動いてよい。背骨の前側にも支えがある。この情報が届くと、前で固めて支えていた身体が、前と後ろで引き合う支え方へ組み替わりはじめる。
何をもって、整ったとするか
腸腰筋が緩んだかどうかを、それ自体では成果としない。緩めるだけなら、深く押し込めば一時的には変わる。
セッションの終わりに見ているのは、重力との関係のほうだ。骨盤底から上がってきた支えが、腸腰筋を通って背骨の前側へ抜けているか。腹部が力を入れて固める場所ではなく、呼吸とともに動く場所になっているか。
セッション後に起きること
- 腹の奥から力が出る感覚が戻る
- 歩くのが楽になり、腿が軽く上がる
- 呼吸が腹部まで届く
- 腰の反りが落ち着く
- セッション中から眠くなり、深くリラックスする
次の回へ
背骨の前側が整うと、次は後ろ側だ。6回目では仙骨と骨盤に注目していく。
- 6回目:仙骨と骨盤を整える──自分軸と社会性
- 深層セッションとは何か──4〜7回目に起きること
- ロルフィングの10回セッションとは何か──身体が変わる3つのフェーズと各回の流れ
- ロルフィング用語集──10回セッションを読むために
トレーニングでこの回をどう学んだかは、こちらに書いている。
大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファー™/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)。外資系製薬会社でメディカル・マーケティング業務に従事した後、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「科学と実践の統合」をテーマに活動。
