Phase IIIは、今まで学んできたことを復習するいい機会になっている。ロルフィングの一番最初に学ぶロルフィングの5原則もその一つだ。本コラムではまだ説明していなかったので、この5原則について取り上げたい。

ロルフィングには5つの原則があると考える。Wholism(全体)、Support(サポート)、Adaptability(適応性)、Palintonicity(2方向性)、そしてClosure(クロージング)である。
1つ目は、Wholism(全体)。
身体をサイエンスのように部分の和が全体という見方も大切にしつつ、全体を全体のまま見るということが求められるということ。いわば分析的な見方と知覚的な見方を調和させるということである(分析と知覚的な見方の違いについては「Seeingと知覚すること(1)〜概念を持つと、見えるようになる」「Seeingと知覚すること(2)〜部分の和は、全体にならない」参照)。
例えば、肩こりがあったとしても、肩のみにフォーカスするのではなく、他の身体の部分とどう関係があるのか?を考える。その結果、肩の筋肉の力に頼らずに済むような、別の身体の使い方を考えるようになる(英語では、Compensationと呼ぶ)。

2つ目は、Support(サポート)。
身体がしっかりと調うためには、土台(下半身の足)からのサポートが重要となる。また、クライアントとの関係構築や、クライアントに身体感覚へ目を向けていただくためのサポートも含まれている。

3つ目は、Adaptability(適応性)。
日々変化していく環境に対してどのように適応するのか?そのために情報を外部から収集する必要がある。姿勢を見る際に、視覚(Visual system)、内耳感覚(Vestibular system)、筋感覚(Kinesthetic system)が重要であることを本コラムで取り上げ、その中で筋感覚を調える大切さを述べた(「姿勢の3要素」参照)。足や手が新しい情報を入手しやすい状態でいると、外部の新しい環境に対して適応しやすくなる。

4つ目は、Palintonicity(2方向性)。
「反対方向へ張り返す」という意味のギリシア語palintonosに由来し、身体が2つの方向性を持つことの大切さを説いている(Palintonicityについては「2方向性(Palintonicity)」参照)。例えば、下半身は重力を感じる(下向き)、上半身はそれを土台に背筋が伸び、自由に動く(上向き)等。また、この考えはHubert Godard氏のTonic Functionにもつながっている(「疲れる筋肉と、疲れない筋肉〜姿勢を支えるTonic Function」「2方向性が身体を調える〜Tonic Functionと歩行・座位」参照)。
γ運動神経系を活性化して、身体内のエネルギーの効率の高いTonic muscleを最大限生かすためには、Tonic muscleに2つの方向性を与える必要があるという考えだ。

5つ目は、Closure(クロージング)。
ロルフィングの特徴として、最終的にクライアントの自立を促すこと。本コラムで以前触れたように、マッサージや整体とは違いロルフィングは10回で終了する(「統合セッション」参照)。それは、10回のセッションを通じて学んだことを自分の生活に取り入れていくということでもあり、クライアントの自立性を促すことである。

このようにロルフィングには5つの原則があり、10回シリーズはこの原則のどこかに当てはまる。Phase IIIのトレーニングでは、10回シリーズで見失ったときや基礎に戻る際に、この原則をよく見直している。5つの原則は単純だが、学ぶことが多い。
2026年8月の注記
5原則はどこから来たのか
2015年3月の時点では、5原則を出自のあるものとして受け取っていなかった。「一番最初に学ぶ」基礎であり、ミュンヘンの教室で復習される当たり前の枠組みだった。ロルフィングにはこの5つがある、と書いている。誰が、いつ、どういう経緯で定めたのかは問うていない。
11年後に分かったのは、この5原則がIda Rolfの遺したものではないということである。Jeff MaitlandとJan Sultanを中心に、1989年の分裂の後、Rolf Institute側で確立された枠組みだった。
このことは、Sharon Wheelerのシリーズで立てた見取り図に修正を迫る。「Sharonの話(3)」の注記で、ロルフィングには3つの系譜があると書いた。欧州系譜、Maitland系のアドバンスト・トレーニング、そしてIdaから直接受け取ったものを伝えるSharon。そのうち欧州系譜とMaitland系の接点はKevin Frankひとりだけだと考えていた。
そうではなかった。5原則こそが、もう一つの接点である。しかもKevin Frankに気づいたのは2025年のアドバンスト・トレーニングでのことであり、こちらは基礎トレーニングの初日から使っていた。使いながら、それが別系譜の産物だと知らずにいた。
Sharonは1989年の分裂を政治的なものと説明し、Maitland哲学の導入は差別化のためだったと語った。アドバンスト・トレーニング側の説明は、Formulaic から Non-Formulaic への方法論の分岐というものだった。どちらが正しいかを決める材料は今も持っていない。ただ、差別化のために導入されたはずのその哲学が、分裂とは直接の関係を持たない欧州の教室で、疑われることのない基礎として教えられていた。系譜の境界は、内側にいる者には見えない。
戻る場所から、始める場所へ
末尾にこう書いている。10回シリーズで見失ったときや基礎に戻る際に、この原則をよく見直している、と。5原則は戻る先だった。迷ったときに参照する地点であり、前へ進むための道具ではない。
2025年のアドバンスト・トレーニングでは、同じ5つが逆の位置に置かれる。クライアントに何が起きているかを見立て、どの原理が不足しているかを問い、そこからセッションを組み立てる。原則は最初に手に取るものになっている。この設計については「フレームワーク思考で個別セッションをデザインする」に記した。
同じ5つが、機能を変えた。中身が変わったのではなく、置かれる位置が後ろから前へ移った。学ぶ段階では帰る場所であったものが、扱える段階では出発点になる。
名前が定まる前
原文は5つ目を「Closure(クロージング)」と書いている。英語のClosureに、クロージングという片仮名が当てられている。当時、ClosingとClosureが混ざったまま使われていた痕跡である。
2025年のアドバンスト・トレーニングでは、CLOSUREとして扱われる範囲そのものが変わっていた。10回シリーズの終わりに置かれるものから、毎回のセッションの終わりに置かれるものへ広がっている。この移動は「統合セッション」の注記で扱った。
言葉が定まる前の揺れが、そのまま記録に残っている。
断片が枠組みに収まるまで
Wholismについて、部分の和が全体という見方を大切にしつつ全体を全体のまま見る、と書いている。
「Seeingと知覚すること(2)〜部分の和は、全体にならない」は、授業で聞いた言葉をそのまま題に据えた記事だった。そのとき受け取ったのは断片であり、それがどこに収まるものなのかは分かっていなかった。同じ内容が、ここでは5原則の1つ目として枠組みの中に位置を得ている。
Phase IIIの記事を読み返していて繰り返し出てくるのがこの順序である。現象や言葉が先にあり、それを収める枠組みが後から来る。
弓と竪琴
ところが、Palintonicityについてはこの順序が逆になる。
palintonosという語は、ヘラクレイトスの断片において弓と竪琴の比喩とともに語られてきた。弦が一方へ引き、木が反対へ押し返す。互いに逆を向いた張力が釣り合うことで、はじめて弓は弓として働く。緩めれば道具ではなくなり、片方だけを強めれば壊れる。
2方向性とは、2つの方向へ伸ばす技法ではない。張りが逆を向いたまま釣り合っている状態を指す。その理解の最も古い記述が、この比喩である。ミュンヘンで「下半身は下向き、上半身は上向き」として教わったものは、2,500年前から名前を持っていた。
Palintonicityが5原則の一つとして定式化されていたことは「2方向性(Palintonicity)」の注記で扱った。ここではその現物にあたる。
