呼吸をもう一度──科学から見る 第3回(全4回)
本記事は「呼吸をもう一度──科学から見る」シリーズ全4回の第3回である。本シリーズは、ロルフィングのセッションを8年提供してきた時点で、科学的な知見の側から呼吸を書き直したものにあたる。2015年、基礎トレーニングの期間中に書いた呼吸シリーズ全4回とは、立っている位置が違う。第3回では、口から吸うことが顔の形をどう変えていくかを扱う。
呼吸を整える意味
ロルフィングのセッションで大事にしているのは呼吸だ。なぜならば、(横隔膜、肋間筋を中心とした)呼吸の筋肉を意識している人が少なく、その結果として呼吸に問題を抱えている人が多く見受けられるからだ。
今回の投稿では、ロルフィングで呼吸を整える意味と、口呼吸の問題点についてシェアしたい。
昔の人類は、歯医者いらず
「人体・600万年史」によると、ダニエル・リーバーマンが歯並びについて調べていく中で、興味深いことがわかった。産業革命前の人類は、虫歯も少なく、親知らずを含めて歯並びが良かったことが化石の記録から明らかになっている。逆に、産業革命以降、歯並びが乱れるようになる。
この本の中心にあるのは「ミスマッチ病」という考え方だ。遺伝子と、その後に変わってしまった環境とのあいだのずれから生まれる病。歯並びも、その一つとして扱われている。

そして、歯科矯正医のSandra Kahnと、進化学者のPaul R. Ehrlichの2人によって書かれた「Jaws – The Story of a Hidden Epidemic」(邦訳なし)の本で、現代人の歯並びがなぜ乱れているのか、多数の写真と共に紹介している。

彼らが歯並びが乱れている最も大きな原因の一つとして挙げたのが、口呼吸だ。
その根拠になっているのが、アカゲザルを使った実験である。シリコン栓で鼻腔を塞いで口呼吸を強いた群と、そうでない群に分けて経過を観察していくと、やがて歯並びの乱れが認められた。2年間の観察で、前顔面高が対照群より増加し、咬合平面と下顎平面の角度が増し、前歯部の交叉咬合と歯の位置異常が生じている。
ここは書き添えておきたい。この実験では、動物によるばらつきが大きいことが報告されている。そして閉塞を取り除いて鼻呼吸に戻した後の2年間で、変化の一部は元に戻っている。口呼吸が顔の形を変えるという方向は見えるが、一方向に固定されるという話ではない。
口呼吸の弊害〜歯並びへの影響
興味深いことに、口呼吸を中心とした生活を送ると、上顎が徐々に狭くなっていく。空気を多く取り入れるように、チューブ状に口の形が変形するためだ。
その結果、上顎に舌がついていることが口腔の姿勢に安定をもたらすのだが、スペースが小さくなって、舌が下がる。舌が下がると、折角呼吸をしようと思っても、人間の構造上、気道が狭まる。さらに下顎も下がってくるので、口呼吸を促し、悪循環になる。
実際、鼻呼吸よりも口呼吸をしている人が圧倒的に多い。ジェームズ・ネスターの「BREATH・呼吸の科学」では、鼻をシリコンで10日間塞いだ人体実験を著者ご自身で行う。結果的に、いびき、無呼吸症候群、睡眠不足をはじめ、実験開始直後から、さまざまな問題が出てきたらしい。

口呼吸vs鼻呼吸〜それぞれの特徴
パトリック・マキューンの「トップアスリートが実践・人生が変わる最高の呼吸法」では、口呼吸を行う弊害について取り上げている。口呼吸によって、猫背になりやすい、口が乾きやすい、いびきの助長等。一方で、鼻呼吸には、吸い込む空気の量が増えるを含め色々な利点がある。

生活習慣と呼吸〜ロルフィングができること
このように、呼吸は生活習慣と密接に関与。生活習慣を改善できれば、呼吸の質も変化。対処療法に対処するよりも、結果が出ると考えている。
ロルフィングでは、筋膜へアプローチ。横隔膜の動きに意識を向けることで呼吸の改善をしていく。口呼吸から鼻呼吸へ変えるきっかけを与えてくれる。
まとめ
今回は、呼吸とは、生活習慣の一つであり、改善することで、生活の質が上がっていくこと。さまざまな現代病に対しても対処することができることなどを取り上げた。
顎の形は、生まれたときに決まっているものだと思いがちだ。だが、どこから息を吸っているかで変わっていく。産業革命の前と後で、化石が違う形をしている。それだけの時間の幅で、呼吸は身体の形を作っている。
呼吸をもう一度──科学から見る(全4回)
- 第1回:吸いすぎている身体──二酸化炭素が足りなくなるということ
- 第2回:横隔膜は心臓とつながっている──呼吸と心拍、脳幹の二つの核
- 第3回:顎は、呼吸で作られる──口呼吸と歯並び(この記事)
- 第4回:身体の内側にも、センサーがある──迷走神経と内受容感覚
2015年、基礎トレーニングの期間中に書いた呼吸シリーズは、こちらにある。
呼吸シリーズ(全4回)
- 第1回:息を吐くのに力はいらない──呼吸と意識・無意識
- 第2回:横隔膜は頭蓋骨とつながっている──呼吸と内臓の配置
- 第3回:姿勢が崩れると呼吸が変わる──伸筋・屈筋と斜角筋
- 第4回:吸気型の身体、呼気型の身体──重力から呼吸を見る
2026年9月の注記
この記事を書いたのは2023年6月で、本文の中で、上顎に舌がついていることが口腔の姿勢に安定をもたらすこと、舌が下がると気道が狭まることを書いている。Kahn と Ehrlich の本から取った話だ。
書く11か月前に、同じことを自分のレントゲンで見ていた。
2022年7月、札幌の熊谷歯科医院で歯の噛み合わせの治療を受けたときのことである(「姿勢を良くする噛み合わせ歯科治療①〜札幌への旅(2)+レントゲン検査」参照)。X線検査で分かったのは、口腔内にスペースがあり、舌が下方にあること。舌骨が通常よりも頚椎1個分下に下がっていること。結果的に気道が狭く、この状態では呼吸がしにくいだろう、ということだった。
そのとき、もう一つ言われたことがある。内臓の負担が大きくなりすぎると、それに引っ張られる形で舌の位置が下がる、と。
この記事が書いたのは、口呼吸が上顎を狭め、舌が下がり、気道が狭まる、という経路だった。上から下への順序になっている。だが札幌で指摘されたのは、下から上への経路だった。同じ「舌が下がる」でも、そこへ至る道が一本ではない。
もう一つ、思い当たることがある。小学校から中学にかけて、矯正歯科で治療を受けている。その影響を強く受けていて、歯の噛み合わせが生理的に合ったところになっていない、という指摘も、このとき受けた。
この記事は、産業革命の前と後で化石の歯並びが違う、という話から始めた。数千年、数万年という単位で書いている。だが自分の顎については、40年前の治療と、11か月前のレントゲンという、もっと近い時間の話だった。
顎は呼吸で作られる。そう書けたのは、本を読んだからというより、自分の口の中で起きていたことを、先に見せられていたからだったのだと思う。2023年に書いたときには、そのつながりに気づいていなかった。
