セルフケアを、知覚から考える──目・光・音・呼吸・地面・手・休息

はじめに

ロルフィングZEROでは、知覚、筋膜、重力、エネルギーワーク、現象学という五つの切り口から、身体のことを書いてきました。どれも、身体で何が起きているのかを考えるための枠組みです。

では、自分でできることは何か。このページは、その見取り図です。目・光・音・呼吸・地面・手・休息という七つの章に分けました。

各章から、二種類の行き先を案内します。一つは「日常で何ができるのか」の記事で、行動だけを扱います。もう一つは、仕組みを詳しく書いた連載です。行動だけ知りたい場合は前者で足りますし、なぜそうなるのかを知りたい場合は後者へ進めます。

どこから読んでいただいても構いません。

なぜ、この七つなのか

知覚を変える手段として、目・光・音・呼吸を考えています。そこに地面と手を加えました。そして七つ目に、休息を置いています。

背景にあるのは、空間との関係です。現象学では、認識は身体と環境の相互作用を通じて成り立つと考えます。空間は、身体の外側に広がっている容れ物ではありません。ロルフィングのムーブメントを教えてきたウベア・ゴダール(Hubert Godard)は、インタビューでこう語っています。「空間は身体の中にあり、身体は空間の中にある」。この関係は両方向に働きます。

はじめの六つの章は、この相互作用に手をつけられる場所です。光と音は空間を満たしているもので、目と耳はそれを感じ取る側にあります。呼吸は、外の空気が身体を通っていく出入りそのものです。地面は、身体を支えているものです。そして手は、こちらから空間へ伸ばしていくものです。

身体の側からも、はじめの六つは繋がっています。ロルフィングでは、姿勢を感じ取る働きをTriangle of Supportという三角形で捉えます。視覚(眼)、前庭系(内耳)、固有受容感覚(足裏・筋・関節)の三つで、どれかが弱ると残りが補います。視覚に頼りすぎると重心がつま先の方へ寄り、聴覚に頼ると踵の方へ寄る、という傾向も知られています。目と音と地面は、別々の話ではありません。

呼吸も、ここに入ってきます。横隔膜と腸腰筋は、脊柱の前面で付着を共有しています。呼吸と歩行は、同じ場所を通っているということです。

手も、同じ三角形に入ります。固有受容感覚は、足裏だけのものではありません。手と足は、絶えず外界の情報を集めている側です。

そして、この三つのうち視覚だけが、学んで身につけたものになります。ロルフ・ムーブメントの講師であるRita Geirolaが、トレーニングでそう述べていました。人は見ることを教育や経験を通じて学び、内耳感覚と筋感覚は生まれつき備わっている。視覚はもっとも意識しやすいので、優位になりやすく、視覚が強く働きすぎると内耳感覚と重力の感じ取りが弱まります。

ここから、はじめの六つの章がやろうとしていることが決まります。視覚を制限するのではなく、他の感覚を同じだけ働かせる。目だけで済ませている状態をやめる、ということになります。

七つ目の章だけは、向きが違います。

ゴダールの言葉は両方向に働く、と書きました。けれども六つの章が扱っているのは、身体から空間へ向かう側だけです。感覚を外へ向け直すことで、空間との関係を作りなおしている。

残っているのは、逆の向きになります。外へ向いている感覚を、内側から引き戻す側。ヨガの八支則では、それはプラッティヤハーラ(制感)と呼ばれて、五番目に置かれています。外側と内側の架け橋とされる段です。

休息の章は、そこを扱います。横になっていても、目は天井を見ているし、耳は外の音を拾っている。身体は休んでいても、感覚は働き続けている。休むことと眠ることが別だというのは、まずこの意味になります。

七つの章と、三つの感覚

七つの章が、姿勢を感じ取る三つの感覚のどこに関わっているかを整理すると、次のようになります。

章扱うこと関わる感覚
目見る距離、視野、目と首を分けて動かすこと視覚(眼)
光体内時計、3つのホルモン、睡眠視覚(眼)。ただし見るためではない経路
音聴くことと、自分で音を出すこと前庭系(内耳)と聴覚
呼吸吸う量、鼻呼吸、口の姿勢内受容感覚(身体の内側)
地面支えられていること、立ち方、歩き方固有受容感覚(足裏・筋・関節)
手指と手首の始まり、肘と肩、手を当てること固有受容感覚(手のひら・筋・関節)。それに触覚
休息眠りの条件、覚醒したまま休むこと、支えられている面積三つすべてから、注意を引き戻す側

※この表は、どの章がどの感覚に対応するかを整理したものです。実際には互いに関わり合っていて、一つの章が一つの感覚だけを扱っているわけではありません。

空間と身体の関係については、別の記事とページで詳しく扱っています。

▶ 空間はどこにあるのか──身体の中か、身体の外か

▶ 在り方は、どこから来るのか──ボディワーカーのための現象学

書き方について──作用機序から行動へ

七つの章は、同じ順番で考えています。

  • 身体の中で何が起きているのか(WHAT)
  • なぜそうなるのか──仕組み、作用機序(WHY)
  • そこから、何ができるのか(HOW)

仕組みが分かると、手順を覚えるのではなく、自分の身体に合うやり方を自分で見つけられます。逆に、仕組みの説明がないまま手順だけが示されているものは、疑ったほうがいいと考えています。だから、行動の記事と、仕組みの連載を分けました。手順だけを示して終わらせないためです。

何ができるのかを考えるとき、段階は三つあります。

  1. 行動・生活習慣を変えること
  2. 食事・サプリメント
  3. 医師と処方薬

このページと各記事で扱うのは、1)だけです。

それと、効果については書いていません。代わりに、自分の身体でどう確かめるかを書いています。同じことをしても、人によって起きることは違います。

記事の中には秒数や数字が出てきます。それは自分の状態を知るための目安であって、守るべき規則ではありません。正しくやろうとすること自体が、身体の感覚を遠ざけることがあります。

七つの章

目──見ることと、身体の状態

眼球の動きは、目だけで起きていません。スタンレー・ローゼンバーグは脳神経の働きを食物との関係で整理していますが、その分類では、眼球を動かす筋肉、頭を回す首の筋肉、そして聴覚が、「見極める」という一つの働きにまとまります。目と首と耳は、一続きのものとして働いています。

見る距離を変えること、片目ずつ見え方を比べること、一点を見続けることと視野を広げること。目と首を分けて動かすこと。この章では、目の使い方と身体の状態の関係を扱います。

▶ 日常で何ができるのか:見ることは、学んだものだから変えられる──目の疲れと、眼・足・内耳の三角形

仕組みを詳しく:空間はどこにあるのか/Rolf Movement – Part 2(7)〜3つの情報収集系のバランスを整えること/第3回:集中も、脂肪の燃焼も、神経系から始まる

光──体内時計と、一日の輪郭

目に入る光は、物を見るためだけに使われているわけではありません。網膜にはメラノプシンという色素を持つ細胞があり、その細胞が光に反応すると、情報が脳の視交叉上核に届きます。体内時計は、こうして決まっていきます。

動いているのは3つのホルモンです。朝の光でコルチゾールの時刻が決まり、日中の光でセロトニンが作られ、夜の暗さでそれがメラトニンへ変わります。一日の初めにしたことが、その日の夜に返ってきます。

睡眠も、この章に入ります。セッションで身体が変わったあと、その変化が残るかどうかには眠りが関わっているからです。

▶ 日常で何ができるのか:日中は足りず、夜は多すぎる──光と睡眠、体内時計の整え方

仕組みを詳しく:第1回:身体には時計がある

音──聴くことと、声を出すこと

音には二つの側面があります。聴くことと、自分で出すことです。

聴くことは、空間の広がりを知ることでもあります。中耳には小さな筋肉があり、何を聴き取るかに関わっています。身体が闘争・逃走の状態にあると、人の声が聞き取りにくくなり、周りの音がノイズに感じられるようになります。聞こえの問題として現れますが、耳そのものの話ではありません。

一方で、ハミングやウジャイ呼吸のように、自分で音を出すやり方もあります。音を出しているあいだは、呼吸を正しくしようとする余地がありません。音のほうに注意が向くので、結果として呼吸が変わります。

▶ 日常で何ができるのか:耳は、空間を測っている──聴くことと、声を出すこと

仕組みを詳しく:SSPとポリヴェーガル理論/ウジャイ呼吸/Gael Rosewood WS(2)〜呼吸をRolf Movementと音からアプローチする

呼吸──吸う量と、二酸化炭素

呼吸は、たくさん吸えばいいものではありません。酸素を運ぶのは赤血球のヘモグロビンですが、血液中に二酸化炭素がないと、ヘモグロビンは酸素を手放しません。これをボーア効果と呼びます。吸う量が多すぎると、二酸化炭素が吐き出されすぎて、かえって酸素が細胞に届きにくくなります。

もう一つ、呼吸には方向の問題があります。姿勢が崩れた状態の呼吸を求心性(Concentric)呼吸と呼び、2方向性(Palintonicity)に基づく遠心性(Eccentric)呼吸と区別します。地面の章に出てくる2方向性と、同じ考え方です。

この章では、自分の呼吸がどういう状態にあるのかを確かめる方法と、鼻呼吸、それに口の姿勢を扱います。吐く息を吸う息の2倍にすること、息を止める練習を急がないことも、ここに入ります。

一つ断っておきたいことがあります。ヨガの呼吸法は、本やテキストから学ぶものではないとされています。誤った実践で健康を損なうことを避けるためで、師から直接学ぶものとされてきました。この章で扱うのは、その手前にある、日常の中で確かめられる範囲のものです。

▶ 日常で何ができるのか:吸う量は、足りないのではなく多すぎる──鼻呼吸と二酸化炭素

仕組みについては、連載が二本あります。一本は、科学の側から見た「呼吸をもう一度──科学から見る」全4回です。

もう一本は、2015年に基礎トレーニング中に書いた「呼吸シリーズ」全4回で、構造と重力の側から見ています。

ヨガの側からは、プラーナーヤーマがあります。

地面──支えと、歩くこと

身体は、常に地面に支えられています。ただ、支えられている感じは、意識に上がってこないことが多いものです。

歩くことは、倒れ続けることです。身体の重心は逆さまの振り子のように前へ倒れていき、それを次の一歩が受け止める。立つことと倒れることを、一歩ごとに切り替えています。

ここで働くのが、Palintonicity(2方向性)です。ウベア・ゴダールの言葉で、下へ向かう方向(地面を感じること)と上へ向かう方向(上へ伸びること)が同時に成り立つと、姿勢が整うという考え方です。地面を感じることと、上へ伸びることは、どちらか一方ではありません。

この章には、安心との繋がりもあります。グラウンディング(grounding)はもともと電気のアースから来た言葉です。日本語の「浮き足立つ」も、かかとが地についていないつま先立ちの状態から、不安で落ち着かないという意味に転じています。落ち着かない状態を言い表すのに、日本語は足の位置を使っていることになります。

▶ 日常で何ができるのか:地に足がつく、とはどういうことか──立ち方、歩き方、支えと安心

仕組みを詳しく:ロルフィングはなぜ「安心の地図」を描きなおすのか。それと、歩行シリーズの全4回です。

手──動かすことと、当てること

手には27個の骨があります。足の26個とほぼ同じ数が、足より小さな範囲に収まっています。手が樹の上で作られたからです。枝を掴み、体重を預け、三次元に伸ばし、不揃いな表面を絶えず読む。ところがいま手が触れているのは、平らで、硬さが一定で、動かないものです。

ロルフ・ムーブメントの講師であるGael Rosewoodが、手のひらが使えるようになると前鋸筋が安定すると述べていました。前鋸筋は肋骨の外側から肩甲骨の内側へ張っている筋肉で、浮いている肩甲骨を胸郭につなぎとめています。ここが安定すると、Tonic Functionにつながります。ロルフィングでは、手と足が動けるようになることを、姿勢を整える第一歩として考えています。

そして手には、足にできないことが一つあります。当てられることです。目に、腹に、腎臓のあたりに。日本語が治療することを「手当て」と言うのは、そのためです。

▶ 日常で何ができるのか:手:動かすことなく使っている──指、肩甲骨、手当て

仕組みを詳しく:ロルフ・ムーブメント(ボディスキーマとPre-movement)/重力という見方(Tonic MuscleとPalintonicity)/経絡という見方(手を当てる場所の、もう一つの見取り図)

休息──引き戻すことと、眠りの条件

この章だけは、他の六つと向きが逆になります。外へ向けるのではなく、引き戻す側です。

やることは二つに分かれます。眠りの条件を整えることと、覚醒したまま休むこと。

前者の鍵はアデノシンです。起きているあいだ、脳の中でこの物質が増え続けます。起きている時間が長いほど多くなるので、起きている時間を計測する装置のようなものだと言われます。これが眠気になります。疲れの量ではなく、起きていた時間で決まるということです。カフェインが効く理屈も、ここにあります。

後者は、ヨガのシャヴァーサナです。系統的な筋肉の弛緩のポーズで、寝てしまうのではなく、呼吸に意識を向けて覚醒したままでいるものとされています。ヨガ・ニードラや、英語圏でNSDR(Non-Sleep Deep Rest、眠らない深い休息)と呼ばれるものも、同じ状態を指しています。

そして、床に接している面積が広いほど、弛緩が深くなります。地面の章で書いた支えの話が、休息の側からも出てきます。

見る基準も、この章では変わります。睡眠時間ではなく、起きたときの爽快感があるかないかのほうを見ます。

▶ 日常で何ができるのか:横になっても、感覚は働き続けている──昼寝、カフェイン、休み方

仕組みを詳しく:第1回:身体には時計がある(カフェインの働く時間と体温)/第3回:なぜ「スペース」を感じると坐法が変わるのか(坐ることと、スペース)

八支則そのものについては、Mind and Bodywork Labの第3回:ヨガから瞑想へ──八支則とヨーガ・スートラが語る認識のOSで扱っています。

感覚を向ける側と、引き戻す側

七つの章の行動を、向きで分けると次のようになります。

章外へ向ける側引き戻す側
目比べる、動かす、見続ける、見回す(ほぼ全項目)6. 視野を広げる
光朝の光、日中の明るさ、夜の暗さ(1〜10)11. 暗いところを、目以外で進んでみる
音聴き分ける、自分で音を出す(1〜3、5〜13)4. 音の少ない時間を作る
呼吸見分ける、鼻呼吸、音をつける(1〜15)この章にはない
地面足裏、2方向、歩き方(1〜12)13. 地面に近いところで過ごす
手指と手首、肘、肩(1〜8)9〜11(目、腹、腎臓のあたりに手を当てる)
休息この章にはない13〜16(シャヴァーサナ、床の面積、見るものも聴くものもない時間、何もしない時間)

こうして並べると、はじめの六つの章は、外へ向ける側が中心になっていることが分かります。引き戻す側は、目・光・音・地面に一つずつ。呼吸にはなく、手には三つあります。休息の章は、そこだけを扱っています。

一つ、はっきりさせておきたいことがあります。引き戻すことは、遮断することではありません。音の章の4番で、ノイズキャンセリングで外を遮断して作る安全と、外の音がある中で落ち着いていられることは向きが違う、と書きました。道具で外から塞ぐことと、内側から注意を引き戻すことは別です。

知りたいことから、辿る

気になっていることから、どの章へ行けばよいかを整理しました。

気になっていることどこを読むか
目が疲れる。首と肩が硬い見ることは、学んだものだから変えられる
朝、起きるのがつらい。夜、寝つけない日中は足りず、夜は多すぎる/横になっても、感覚は働き続けている
人の声が聞き取りにくい。周りの音が気になる耳は、空間を測っている
呼吸が浅い気がする。口が開いている吸う量は、足りないのではなく多すぎる
立っていると疲れる。歩くと疲れる地に足がつく、とはどういうことか
落ち着かない。地に足がついていない感じがする地に足がつく、とはどういうことか
手や腕が疲れる。肩が動かしにくい手:動かすことなく使っている
画面を触っている時間が長い見ることは、学んだものだから変えられる/手:動かすことなく使っている
集中が続かない見ることは、学んだものだから変えられる/耳は、空間を測っている
休んでも、疲れが取れない横になっても、感覚は働き続けている
昼寝をすると、夜に眠れなくなる横になっても、感覚は働き続けている
コーヒーを飲む時間が気になる横になっても、感覚は働き続けている
セッションで変わった状態を、どう保つのか日中は足りず、夜は多すぎる
自分でできることの限界はどこかこのページのわかっていること、まだわからないこと

※痛みや症状がある場合は、まず医療機関にかかることをお勧めします。ここで扱っているのは、治すための方法ではなく、自分の状態を確かめるための方法です。

次に読むなら

このページは実践の側からの入口です。理論の側からは、五つの入口があります。

自分でするのではなく、受けたときに何が起きるのか。そちらからの入口もあります。

はじめての方は、こちらからどうぞ。

▶ はじめての方へ

わかっていること、まだわからないこと

七つを並べてみると、共通していることが二つあります。

一つは、環境のほうを変えているものが多いこと。朝に外へ出る、夜の照明を落とす、硬い床にマットを敷く。身体を頑張らせるのではなく、身体が応答する相手を変えています。

なぜ、環境のほうなのか。身体の作りと、いまの環境がずれているからです。目は遠くを見るようにできていて、手は樹の枝を掴むようにできていて、足は不揃いな地面を読むようにできています。ところがいま、目が見ているのは近くの画面で、手が触れているのは平らな面で、足が踏んでいるのは硬さの一定した床です。身体が悪くなったわけではなく、応答する相手が変わっています。だから、身体を直そうとするより、相手のほうを変えるのが先になります。

もう一つは、正しくしようとしないことです。呼吸を正しくしようとすると、呼吸が判断に支配されます。音を出す方法や、2つの方向を感じる方法を入れているのは、正しさを課さずに変わる道だからです。

言い換えると、七つの章を通した方法は一つです。意識の向け先を変えること。目の章で見る距離を変えるのも、音の章で自分の出した音を聴くのも、地面の章で足裏の圧を確かめるのも、手の章で指がどこから始まっているかを探すのも、やっていることは同じです。現象学ではこれを志向性と呼びますが、実際にしているのは、正しい形を作ろうとせずに、向け先だけを変えることになります。

そのうえで、わからないことのほうを書いておきます。

ここで使っている枠組み──Triangle of Support、Tonic Function、ポリヴェーガル理論、体内時計、八支則──は、どれも一つのモデルです。身体の全部を説明するものではありませんし、ポリヴェーガル理論のように、専門家のあいだで議論が続いているものもあります。どの枠組みにも限界があります。

効果についても、約束できることはありません。同じことをしても、人によって起きることは違います。だからこのページでは、効果の代わりに、自分の身体でどう確かめるかを書いています。

そして、自分でできることには、一つ限界があります。

自分の身体の使い方は、自分からは見えにくいのです。長年の癖は、当たり前のものとして感じられているので、変えようとする対象にすらなりません。

この七つは、身体の見方を新しくするものであって、何かの効能を約束するものではありません。ロルフィングは医療ではなく、治療を目的としたものでもありません。痛みや症状があるときは、まず医療機関にかかることをお勧めします。


自分がどう立ち、どう歩き、どう呼吸しているかは、自分では見えません。誰かに見てもらうところからしか、始まらないところがあります。

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